小野登志郎のブログ

出版・ウェブの制作会社(株)小野プロダクション代表で、ノンフィクション・ライターの小野登志郎です。徒然にゆる~く書いていけたらと思ってます。

カテゴリ: 社会問題

 自民党支持者からの受けが良い小泉進次郎。


「若いのに、気配りは抜群ですよ。進次郎さんに応援に来てもらうのと、貰わないのでは結果が大違いですよ。進次郎さんは10年後の総理ですよ。うちの先生も進次郎さんについていって将来の閣僚を目指してもらいたいものだ」(自民党若手議員の支持者)


 小泉進次郎の選挙における人気は凄まじい。彼の応援を受けた候補者は高い確率で当選するとあっては自民党関係者の間で人気が高まるのも無理のないところだ。小泉進次郎は最近、従兄弟がホストクラブ経営者であることが『週刊文春』なので採り上げられたが、ダメージを受けるどころかかすり傷でさえなかったようである。小泉家は元々侠客(=ヤクザ)の血を引いていると報じられているが、父親の小泉純一郎元首相は血の気が多く政界の変人などとも呼ばれていた。しかし、息子の方はいたってまともな常識人であるようだ。


「進次郎は応援に行くかどうかは相手を見て決めるよ。この相手が自分にとって如何なる意味があるかが判断の基準だ。まあ、爺たちがいくら要請しても、なんだかんだと理由をつけて、断っている。進次郎が狙っているのは10年後の総理だから、10年後に政界に入るかどうか判らないやつらは相手にするはずもない」(某自民党議員の秘書)


 小泉進次郎は自民党の青年局長である。その立場上、選挙の応援に行くのは青年局関係が多いのは当然だが、その場合でも相手の人物をよく値踏みして行動に踏み切るという。値踏みするとは、応援する相手が10年後の自分の総理大臣への道で役に立つかどうかということである。つまり彼の場合選挙の応援一つとっても10年後を見据えて行っているというのである。


「小泉進次郎の行動を見ていると、前中国最高指導者の胡錦涛を思い出す。胡錦涛は20年くらいかけて共産主義青年団の中から人材を養成し中央に送り込んだ。進次郎は今、自民党青年部の部長だろう。その地位を利用して、自分の勢力を造りつつある段階だが、これが成功すれば自民党内で侮れない勢力となることは間違いないだろう。あくまで推測だが新次郎は胡錦涛の共青(中国共産主義青年団)を足がかりに権力の頂点まで上りつめた胡錦涛の軌跡を勉強したのではないかと錯覚に捉われることがある」(中国通の民主党関係者)


 この中国通の民主党関係者は、小泉進次郎が最近引退したばかりの中国最高指導者胡錦涛の姿をダブルという。胡錦涛は中国共産党の青年組織である共産主義青年団の中に強固な人脈を築きそれを自己の権力基盤としてのし上がっていった人物である。自民党と中国共産党には意外なことだが共通点がないとはいえない。その第一は派閥の存在と内部の熾烈な権力闘争である。自民党も歴史を辿れば派閥抗争の歴史だった。80年代までは田中派とその系譜を引く経世会の天下だったが、90年代後半からはの天下となった。かつての自民党と同じように、中国共産党はその権力維持に躍起となってきた。「その中国共産党が最も研究したのは、他でもない日本の自民党だった」(前出中国通の民主党関係者)。


 自民党は長老たちの政党であり、従来、青年部などというものが党内で省みられることはほとんどなかった。しかし、時代は変わった。小泉進次郎の慧眼は青年部に目をつけたことかもしれない。ここには長老達の影響があまり及ばず自己の勢力を形成するのには持ってこいの場であるようだ。小泉進次郎が主催する青年局の昼食会には80人以上の議員が参加する。見方によってはこれは小泉進次郎の派閥の昼食会と言える。民主党の中国通が指摘したように進次郎が10年後を睨んで、青年部の取り纏めをすることを、胡錦涛と共産主義青年団との関係に学んだのではないかという推測もあながち外れたものではない。


 小泉進次郎の総理総裁への道は始まったばかりだが、つくづく要注目である人物である。

 ここ数年、結構テレビの報道関係者と仕事をしたり、話をすることが多い。そんな時、下記のような話を聞くことがしょっちゅうある。
 


「せっかく、大麻栽培している部屋まで入れてもらい撮影までできたんだけど、局のCP(チーフプロデユ―サー)に報告すると『逮捕されるところまで撮れるか。それが撮れなきゃ放送は無理だな。もし撮れるならやってもいいけど』って言うんだよ。はっきりとはいわないけど、通報して警察が踏み込むところまで撮影しろと言ってるのと同じじゃん。そんなこと出来る訳ないじゃない。取材させて繰られ人間に仁義があるんだから。せっかくちょっとしたスクープなのに……。コンプライアンスかなんか知らないけど、局はスクープ映像なんていらないのかな。それにしても、通報を暗に勧めるなんて、こっちは警察の手先じゃねえってんだ」(某民放キー局報道局と関係を持つフリーのディレクター)


 テレビ報道の現場では、こうしたフリーのディレクターからの売り込みが行われているのだが、最近のカメラの進歩で一人でカメラを持ってスクープを狙い、それを局に売り込むというようなことが可能になっている。例えば北朝鮮の報道などでよく報道される内部映像などがそれだ。テレビ局の局員には内規があり、危険地域には行けない。要するにフリーなら何が起こっても問題なし。だからこうしたシステムが成り立つわけである。それは、海外取材だけでなく、国内でも同じだ。世間では時に巻き上がる社員だけ安全地帯にいやがって、などと言った不満をフリーが言うことはあまり聞いたことがない。「社員とフリー、立場の違いだ」というだけのこと。しかし、そうしたフリーのディレクターの前にさえ立ちふさがってきているのがコンプライアンスの壁だ。


「犯人とあまりに距離が近すぎる映像は、問題視されるのです。例えば大麻栽培の現場の映像を撮影したとします。そうした犯罪の現場に入って撮影したのなら、なぜ通報しなかったのか、犯人とグルなのではないか、と視聴者に指摘されるのが怖いのです。そうした危険性が少しでもあったら、そういう映像が放送されることはありません」(民放キー局報道局プロデュ―サー)


 一言「グルじゃねぇよ」と言い返せばいいだけのことじゃないか。そう思うが、そうもいかないのが「公共電波」の弱いところか。

 昨今、コンプライアンス順守が言われて久しいが、テレビ局の犯罪関係の報道は警察の広報かと見間違うかのようである。今に始まったことではないが、「警視庁24時」など警察の協力なしには出来ない番組の見返りかどうかなのかは知らないけれど、テレビ局と警察の癒着とでも言うような関係が続いている。


「数年前、テレビ局が番組の中で指名手配犯の通報を呼びかけたことがあった。番組を見た視聴者が『それらしいのがいる』と通報したら、それがビンゴだったんだ。これで犯人が捕まったんだが、その番組のプロデューサーは自分達の番組のおかげで犯人が捕まったと自慢していた。当たり前のことで、自慢するようなことなのかね。自分が警察のイヌであることを自慢するようなものじゃないか。視聴率のためなら何でもするということなんだろうけど、いくらなんでもやりすぎじゃないのか。マスコミはそもそも権力のチェックを行うことが一つの使命だろう。それが権力のお先棒を担ぐなんて」(民放キー局の40歳代のディレクター)


 テレビの報道番組で警察の取締りに同行するものがよくある。これはもちろん警察の事前の誘導で取材班がスタンバイして行うものである。だから警察に都合の悪い部分はけっして放送されることはない。画面に映し出される場面では警察は正義の味方のように振舞っているシーンのみが放送される。そもそも警察のお膳立てで行われるわけだから警察に都合の悪い場面など出てくるはずもない。


「警察に都合の悪いことを放送して、警察当局に睨まれたら記者クラブから排除されかねない。そうしたら、警察関係の取材はほとんど不可能になる。そんなリスクを局が許すはずもないし、またそういうことをされたら俺達が困るんだよ。警察は警視庁記者クラブを通してテレビ局をコントロールしている。抜いた、抜かれたというのはテレビの報道ではほとんどありえないことなんだよ」(民放キー局社会部記者)


 日テレ、TBS、フジテレビ、テレ朝の民放4局が放送している夕方のニュースでは事件報道は時に金太郎アメのように皆同じである場合が多い。「テレビ局の報道局は独自取材でスクープを取ろうというような“気概”は全くないのが現状です」(若いテレビ局報道記者)と言う向きもある。



 日夜駆けずりまわってせっかく貴重な映像を撮ったのにボツとなった……。そんな話も聞いたことがある。個人的な感慨でしかないが、若いやる気のある記者やフリーの記者と、上との意見が一致していないようにも感じる。とにかく現場に巻き起こる不平不満は、ほとんど恒常的な出来事となっているだろう。

 どうしようと思っているんだろうか、テレビ局の報道を。今後、新聞や雑誌もそんなことになっていくのではないかと危惧もしている。

 

 

 どうやら日本の主要マスコミ各社は、この判決を報道しないことが濃厚のようなので(やるところは少しはあるでしょうが)、いい加減、あったまに来たので、全文公開することにしました。「サンキュー・ソーマッチ」と思う人があらば、わたしのメルマガを契約、購読してください。

■東京地裁2013年1月18日

(裁判官が読み上げる)
「主文1.
被告エイベックスは原告
C-JeSが日本において被告エイベックスの承諾無く、JYJことキム・ジェジュン、キム・ジュンス、およびパク・ユチョンにコンサート活動を行わせることは日本におけるJYJの独占的なマネジメント業務を遂行する被告エイベックスの権利を侵害する旨を、文書または口頭で第三者に告知、流布してはならない。


2.
被告エイベックスは原告
C-JeSに対し、金6億6595万7108円、および内金、1411万7108円に対する平成23年8月10日から支払い済みまで、年6分の割合による金、内金5184万円に対する同日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。


3.
被告エイベックスは、原告ペクに対し、金100万円およびこれに対する平成23年8月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。


4.
原告らのその余の請求、およびエイベックスの請求をいずれも棄却する。


5.
訴訟費用は全事件を通じ、原告
C-JeSに生じた費用の3/5、原告ペクに生じた費用の1/5、および被告相撲協会に生じた費用を被告エイベックスの負担、被告エイベックスに生じた費用の2/5を原告C-JeSの負担、被告エイベックスに生じた費用の1/50を原告ペクの負担とし、その余は各自の負担とする。


6.
この判決は2項、および3項に限り仮に(?)執行することができる」


 この判決を、実質的なC-JeSの全面勝訴、エイベックスの全面敗訴と読めない人間がいたら、もう話ができないというしかありません。わたしが書いてきた裁判の過程を読めば、それも当たり前の判断ですが。

 この間、裁判を追い続けてきたわたしの記事をボロカスに書いてきた一部のクレーマーファンは、いい加減、反省しなさい。

 とはいえど、裁判だけで全てを判断できないのが、この問題の奥深さではありますが。しかし、法治国家日本での判決の重さは格別なものです。今はその重さをじっくりと味わうことが重要だと思っています。

 また事態が動くかと思われますが、随時報告していきたいと考えています。

 東京地裁におけるエイベックスとC-JeS(と相撲協会)の裁判次回期日は、2013年1月18日。判決ということです。

 もう少し早くなるかと思っていましたが、やはり裁判所が資料を整理し判断するにはそのくらいの時間がかかるのですね。長い裁判で、結局年を越すことになってしまいましたが、ようやく一つの結論が出ます。

 また、この流れだと韓国の裁判より日本のほうが早く判決が出ることになりそうです。その辺のことで、判決に影響が出るのか、出ないのか。注目したいと思います。

 

 韓国の繁華街明洞にほど近い、光化門の大通り。ここには李瞬臣将軍の大きな像が立っているのだが、その片隅に小さな人場がある。横断歩道に面する場所には様々なアッピールや抗議が書かれたカンバンを掲げた人々の列があった。日本では見慣れない光景だが、韓国ではこうした抗議を個人で行う人は多い。そこには、官庁の政策の不都合や会社の横暴から個人の不正まで、様々な抗議や糾弾が書かれていた。

 30度を超す暑さの中で、覆面をし、帽子を目深に被った異様な風体の男が抗議の看板を掲げていた。男は尉山から来た現代自動車の元労働者であった。看板には現代が彼になした不当解雇を糾弾する文章が書かれていた。

 話を聞くと、彼は尉山の現代自動車の生産ラインで働いていた労働者であった。彼は生産ラインでの作業中に目を負傷した。治療にもかかわらず、視力は回復しなかった。彼に対し現代は、事故は彼の不注意に起因するもので会社には何の責任もない。彼の自己責任であると主張した。そして目が不自由になり作業に支障を来たした彼に、突然解雇通知を突き付けたのであった。

 彼は抗議したが、会社は受け付けず、解雇は強行された。彼は何度も会社に抗議したが、会社は門前払いで対応した。実は彼は非正規労働者であった。であるから、労組も対応してくれなかった。我慢できない彼は、ソウルに上京し直接市民に訴える行動に出た。覆面をし、匿名で訴えているのは、現代の城下町である尉山には彼の親せきの何人かが現代で働いているからだ。
 

 彼らに迷惑が及ばないよう、こうした姿で訴えているという。

 こうした行動から何か“成果”を得られるとは彼も本気で考えてはいない。しかし無念の思いを少しでも晴らすためこうした行動を行っているのだと彼は静かに語った。

 ソウル、江南に新林洞という所がある。ここには韓国一の名門ソウル大学があるのだが、そのソウル大学に隣接する考試院という、学生専門の住居が密集する地域がある。考試院とは、大学を出て国家公務員や司法試験を目指す学生のための勉強部屋と宿舎を兼ねたような施設である。部屋代は安いものでは月30万wと言うものもある。4畳ほどの部屋に机とベッドが着いた簡素なものである。こうした考試院はソウルに約4千か所、韓国全土には約六千か所もあるという。

 ところが最近この考試院を、勉強の場ではなく住居にする若者が増えているのだ。新林洞の安い考試院の多くがこうした若者に“占拠”されている。前出キムさんのところでも述べたが、彼らはスペック不足で就職にあぶれた若者である。彼らの多くが非正規職で、アルバイトで細々と生計を立てている。彼らは未来に何の希望も見出せないままでいた。

 新林洞と並ぶ考試院密集地帯である鷺梁津で暮らす若者の一人ソン・ヨンホ(仮名)君に話を聞いた。彼は、全羅南道にある木浦近くの町の出身だと言う。

 ソン君は憧れの延世大入学を目指してソウルにやってきたが、試験に落ちてしまった。第二志望の東国大学にも落ち、浪人も出来ない環境だったことから、第三志望でしかなかった京畿大にやむなく入学した。しかし、第一志望の延世大に入れなかったことが尾を引き、勉強に身が入らなかった。彼は生活費を浮かすため、少しでも家賃の安い最下級の考試院で暮らすこととなった。

 勉強しスペックを重ねて大企業に就職し、考試院暮らしからおさらばするつもりだった。しかしスペックを重ねるどころか学業に身が入らず、アルバイトに明け暮れる生活が続いた。気がつけば、大学を留年し、考試院暮らしは5年目に突入していた。故郷では、誰もがソウルの大学に進学し大企業に就職できると期待していた。故郷の親はもちろんのこと、親戚、友人にも未だに考試院暮らしをしていると話すことが出来ない。何時ばれるかと思い悩む日々が続き、ノイローゼ寸前である。最近、同考試院に済む青年が漢江に飛び込んで自殺した。次は自分の番ではないかと怯えながら暮らしている、と彼は頭を抱えた。

 ここに記した3人の若者が韓国の若者を代表する存在だというつもりは無い。しかし、このような若者が数多く存在していることは紛れも無い事実である。彼らは、“見栄”を張るという儒教精神の負の部分にも絡め取られながら、日々不安の中で暮らしているのである。

 韓国のこうした若者たちは、先にも述べたがIMF危機以来の大企業優遇政策の負の遺産である。と同時に、精神的には韓国社会を未だに縛り付けている儒教精神に基づく“あくなき上昇志向”を良しとする社会の犠牲者でもある。上昇に失敗しこぼれ落ちた若者は、社会の敗者として、実際生活でも精神生活でも、痛みを感じながら生きていかざるを得ないのが韓国社会の一面なのである。

 また、これはまさに、韓流ドラマの中で、それとはなしに描かれている世界でもある。成功者はあくまで褒め称えられるが、脱落者には極めて冷たい社会であるという現実は、韓流ドラマを良く見ていれば、そこここに登場するのである。

 韓流ドラマで時に描かれる、貧しい若者の成功物語は、現実の若者にとっては「夢のまた夢」に過ぎないものなのだろう。


(有料メルマガhttp://www.mag2.com/m/0001552211.html に掲載した記事です)

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