ここ数年、結構テレビの報道関係者と仕事をしたり、話をすることが多い。そんな時、下記のような話を聞くことがしょっちゅうある。
 


「せっかく、大麻栽培している部屋まで入れてもらい撮影までできたんだけど、局のCP(チーフプロデユ―サー)に報告すると『逮捕されるところまで撮れるか。それが撮れなきゃ放送は無理だな。もし撮れるならやってもいいけど』って言うんだよ。はっきりとはいわないけど、通報して警察が踏み込むところまで撮影しろと言ってるのと同じじゃん。そんなこと出来る訳ないじゃない。取材させて繰られ人間に仁義があるんだから。せっかくちょっとしたスクープなのに……。コンプライアンスかなんか知らないけど、局はスクープ映像なんていらないのかな。それにしても、通報を暗に勧めるなんて、こっちは警察の手先じゃねえってんだ」(某民放キー局報道局と関係を持つフリーのディレクター)


 テレビ報道の現場では、こうしたフリーのディレクターからの売り込みが行われているのだが、最近のカメラの進歩で一人でカメラを持ってスクープを狙い、それを局に売り込むというようなことが可能になっている。例えば北朝鮮の報道などでよく報道される内部映像などがそれだ。テレビ局の局員には内規があり、危険地域には行けない。要するにフリーなら何が起こっても問題なし。だからこうしたシステムが成り立つわけである。それは、海外取材だけでなく、国内でも同じだ。世間では時に巻き上がる社員だけ安全地帯にいやがって、などと言った不満をフリーが言うことはあまり聞いたことがない。「社員とフリー、立場の違いだ」というだけのこと。しかし、そうしたフリーのディレクターの前にさえ立ちふさがってきているのがコンプライアンスの壁だ。


「犯人とあまりに距離が近すぎる映像は、問題視されるのです。例えば大麻栽培の現場の映像を撮影したとします。そうした犯罪の現場に入って撮影したのなら、なぜ通報しなかったのか、犯人とグルなのではないか、と視聴者に指摘されるのが怖いのです。そうした危険性が少しでもあったら、そういう映像が放送されることはありません」(民放キー局報道局プロデュ―サー)


 一言「グルじゃねぇよ」と言い返せばいいだけのことじゃないか。そう思うが、そうもいかないのが「公共電波」の弱いところか。

 昨今、コンプライアンス順守が言われて久しいが、テレビ局の犯罪関係の報道は警察の広報かと見間違うかのようである。今に始まったことではないが、「警視庁24時」など警察の協力なしには出来ない番組の見返りかどうかなのかは知らないけれど、テレビ局と警察の癒着とでも言うような関係が続いている。


「数年前、テレビ局が番組の中で指名手配犯の通報を呼びかけたことがあった。番組を見た視聴者が『それらしいのがいる』と通報したら、それがビンゴだったんだ。これで犯人が捕まったんだが、その番組のプロデューサーは自分達の番組のおかげで犯人が捕まったと自慢していた。当たり前のことで、自慢するようなことなのかね。自分が警察のイヌであることを自慢するようなものじゃないか。視聴率のためなら何でもするということなんだろうけど、いくらなんでもやりすぎじゃないのか。マスコミはそもそも権力のチェックを行うことが一つの使命だろう。それが権力のお先棒を担ぐなんて」(民放キー局の40歳代のディレクター)


 テレビの報道番組で警察の取締りに同行するものがよくある。これはもちろん警察の事前の誘導で取材班がスタンバイして行うものである。だから警察に都合の悪い部分はけっして放送されることはない。画面に映し出される場面では警察は正義の味方のように振舞っているシーンのみが放送される。そもそも警察のお膳立てで行われるわけだから警察に都合の悪い場面など出てくるはずもない。


「警察に都合の悪いことを放送して、警察当局に睨まれたら記者クラブから排除されかねない。そうしたら、警察関係の取材はほとんど不可能になる。そんなリスクを局が許すはずもないし、またそういうことをされたら俺達が困るんだよ。警察は警視庁記者クラブを通してテレビ局をコントロールしている。抜いた、抜かれたというのはテレビの報道ではほとんどありえないことなんだよ」(民放キー局社会部記者)


 日テレ、TBS、フジテレビ、テレ朝の民放4局が放送している夕方のニュースでは事件報道は時に金太郎アメのように皆同じである場合が多い。「テレビ局の報道局は独自取材でスクープを取ろうというような“気概”は全くないのが現状です」(若いテレビ局報道記者)と言う向きもある。



 日夜駆けずりまわってせっかく貴重な映像を撮ったのにボツとなった……。そんな話も聞いたことがある。個人的な感慨でしかないが、若いやる気のある記者やフリーの記者と、上との意見が一致していないようにも感じる。とにかく現場に巻き起こる不平不満は、ほとんど恒常的な出来事となっているだろう。

 どうしようと思っているんだろうか、テレビ局の報道を。今後、新聞や雑誌もそんなことになっていくのではないかと危惧もしている。