【北米からの手紙】(内藤茗)


■東方神起チャンミン主演『黄金を抱いて翔べ』は腐女子向け!? ①

 今回はこんなタイトルで行ってみたいと思います。小野さんの領域を侵犯するみたいで大変恐縮! な話題なのですが(笑)。そう、東方神起のチャンミンが助演で出演する映画『黄金を抱いて翔べ』にちなんで腐女子戦略と東方神起について、ちょこっと考えてみたんですよね。井筒和幸監督によるこの秋話題の新作邦画『黄金を抱いて翔べ』(11月3日公開予定)を見たいなあと思いながら、哀しい事に日本にいない身でもあり、試写会のツイレポ、ブログなどを見ていたのですが、井筒監督が、今回のキャストについて「女性向け」と語っていたのに出くわしました。

 確かに、妻夫木聡に溝端淳平に浅野忠信。でも、実際この作品、女性向けというより、ズバリ「腐女子向け」なのかと考えてしまいました。まずは、原作。高村薫の作品と言えば緻密な描写を得意とする優れた推理小説でありながら、その「BL要素」(BL=ボーイズラブ)が大きな特色、と言われてますし、そのBL部分を主人公とともに担う役柄に「あの」東方神起のチャンミンが抜擢されてる!? これは、もう二重の意味で腐女子のお財布が狙われてるに違いない! と思ったわけです。これをきっかけに、東方神起と腐女子について考えた事をお話しますね。

 そもそも、東方神起にハマったきっかけが腐女子的要素である、というファンが大量に東方神起に存在する(中華圏ではもはや大部分がそうなのでは? と言われるかたもいらっしゃるようです)、という事は少なからず韓国のファンのあいだでは取り交わされた話題ではあるようで、でも、日本ではその腐女子(系)ファンの多さにもかかわらず、おおっぴらに議論される事は少なかった様に思われます。それはなぜだったのかと考えて見ました。

 これは日本ファンの慎ましやかなところかもしれないですし、あるいは、BL消費に対する麻痺でもあるのか、韓国ファンの間でその是非を問う論議がある事は、彼女たちの腐女子文化が未だ成熟していない故なのか。逆に日本でそういう論議がスルーされているのは、日本の腐女子文化が爛熟しすぎている故か? また、韓国ではLGBTへの容認のハードルが日本より数段高いゆえ、男性アイドルを腐女子的な見方、すなわち「ゲイ」として楽しむことにも、一般的な目で見れば禁忌感は高いかもしれません(まかり間違えば、アイドルとしての生命にも関わるイメージの損失になりかねないでしょうし)

 とりあえず……。東方神起は中毒になる。これは良く言われているようでは有ります。東方神起が、音楽的な面で優れている事、パフォーマンスに秀でていることは中毒性を加速させる要素、あるいは中毒になる事に正当性を与える要素ではあっても、中毒性を「生み出す」要素では無いかもしれない、と私自身は考えております。

 翻って、腐女子的な要素は容易に中毒性の消費行動に結びつくのでは? というのは、ここ20年程の、コミック、映像、アイドル業界の腐女子戦略と、その売上の大きさを見ていればほとんど自然に導かれる回答かと思います(他の東アジア型アイドルであっても、現在非常に似通ったシステムの上にその人気は成り立っているのではというのが私のアナロジーです。ただし、東方神起の場合は音楽的な面でも、BL的要素の面でも最大級の魅力を作り出すことに成功した、という事が言えるのではないでしょうか)

 そして一旦中毒になってしまうと「それ」を手放すのは全く容易では無い(マーケティングする方としては願ったり叶ったりですね。ただしそのように出来上がったファンを制御することは、非常に難しそうではあります)。もちろん、そのようなマーケットが先に存在していなければ(存在していたのは確実ですし)そもそも反響を得ることは無かったでしょうから、腐女子間での人気の沸騰を自然発生と見るよりは、まずは市場を認識した上での戦略の成功と私は考えます。そうですね、いわゆるカップル戦略の成功、でしょうか。カップルトークやムービー等、企画がきちんと見えていますし、ファンがそれに呼応する形でファンアートやFFなどの二次創作物を共有していくのも見えます。

 先程から、腐女子、腐女子と連呼していますが、実はファンの中には「私は腐女子などではない」と言われる方も多いのかと思っています。それでも、東方神起のカップル戦略にはハマってしまったのだと言われる方がいらっしゃるということですね。
(続きます)

■内藤茗 ライター
米国在住。ポップカルチャー全般が好きな二児の母&学生。
趣味:オタクの生態観察とつべめぐり。英-日翻訳者。

(メルマガ2012年10月25日号に掲載した記事です。ご購読はこちらからお願いします→http://www.mag2.com/m/0001552211.html