この事件に対し中国中央政府は、即座に中国人の羅津入域全面禁止の処置をとったのであった。さらに、この事件には「おまけ」が付いた。この禁止指令により、それまで吉林省主導で推進されていた羅津-先鋒自由経済貿易区の建設が全面的にストップしてしまったのであった。そしてこれに懲りた吉林省政府は、しばらく静観の状態に入ったのであった。

 そしてそこにはもう一つ金正日の壁があった。金正日は口では合弁事業を推進すると言いながら、そこから“自由”の風が国内に浸透することを恐れ、事業を積極的には推進しなかったのである。つまり羅津・先鋒開発は事実上この10年棚上げ状態だったのである。

 しかし、昨年12月の金正日の突然の死で事態は一変する。後を継いだ金正恩第一書記は経済改革シフトと思われるサインを次々と発している。8月になり金正恩の叔父で、彼の最大の後ろ盾と見られている張ソンテクが中国を訪問、羅津・先鋒開発区、と鴨緑江河口域にある黄金坪経済開発区の中朝共同開発の進展を表明したが、これはサインに止まらず経済開発が実行に移されたことを意味している。今後この動きはしだいに加速されていくことだろう。これまでそこに立ちはだかっていた金正日はもう居ないのだから。

 さらにこれは、7月の朝鮮人民軍トップの李英浩の解任とも密接にリンクしている。北朝鮮の経済開発に楯突く軍強硬派の排除がその真相であろう。恐らく、近々中国による羅津港の使用が現実のものとなるであろう。そうすると中国、特に吉林省は羅津港を自由に使えることで、日本海に向けた製品の積み出しは飛躍的に伸ばしていくであろう。実際、吉林省は長春から琿春までの高速道路を完成させた。これにより長春~琿春間は3時間ほどでいけるのである。さらに吉林省は琿春と羅津を結ぶ道路の整備を開始している。

 そして琿春は、極東における鉄道の要衝でもある。琿春は鉄路で長春、大連、瀋陽とも結ばれているし、極東ロシアの各都市とも結ばれている。そして北朝鮮ともまた結ばれているのである。先に述べた琿春市、そして図門市からの北朝鮮観光には鉄道を使うコースもあり、これまた北朝鮮への鉄道輸送のシュミレーションの役割をも担っている。

 つまり北朝鮮の羅津港への輸送は、道路、鉄路の双方で行うことが可能であり、そのインフラ整備は吉林省政府が行っているのである。

 日本海へのロジステイックはロシアルート、北朝鮮ルートの双方とも完成間際であると言える。残されているのは羅津港の港湾整備くらいで、これもすでに吉林省主導で手がつけられている。

 吉林省主導で行われている極東金三角のインフラ整備はほぼ最終段階に入っているようである。2013年には延辺朝鮮族自治州長春はもちろんとなりの遼寧省、黒竜江省を結ぶ鉄道網が完成する。これで極東金三角のロジステイックは完成となるのである。

 そして、神豊信息技術(延辺)有限公司~延辺におけるトヨタ系の先験的取り組みである。

 この地が持つもう一つの利点は、北朝鮮の安価な労働力の利用が見込めることにある。琿春市ではすでに10年ほど前から、経済特区が作られすでに中国と日本、韓国、ロシアとの合弁事業が展開され大きな成果を生んでいるが、日韓企業は北朝鮮労働力の活用を見込んでこの地に進出しているのである。

 2006年に設立されたソフト開発会社神豊信息技術(延辺)有限公司という会社がある。この会社の親会社はシンポー情報システム株式会社といい、神奈川トヨタから分離独立した情報システム開発企業で、このシンポー情報システム株式会社が100%出資している。主な取引先はトヨタ系列の自動車ボディーメーカー、関連自動車部品工場、紡織などで、トヨタ関係の工場や販売店用受発注システム開発を主な業務としている。また北京を通じて広州トヨタの仕事も受託しているという。事業の割合で見るとトヨタ系は3割以上を占めている。

 ソフトウエア開発会社にとって優秀な人材確保はその命運を決する重大アイテムである。だが現在の日本は尐子高齢化などもあり優秀な技術者の採用が困難となりつつある。そこで人材確保を目指して延辺に進出したのである。同社が延辺を選んだ大きな理由は、延辺には日本語の達者な朝鮮族が多いこと、さらに優秀な高校生の多くは地元の延辺大学に進学するが、この大学にはコンピューター学部があり優秀な学生を数多く送り出している。つまり延辺は日本語能力に長け、同時にITに強い人材の宝庫なのである。中国東北部進出にあたっては、大連はもちろん、瀋陽、長春が候補に当たったが、最終的に延辺朝鮮族自治州の延吉市に決めたのはここの人材に目をつけたからである。会社は最近では延辺朝鮮族自治州政府からの発注も得るなど、延辺での存在感を強めつつある。

 このようにトヨタの系列会社は早くから中国東北部における事業展開の要としての人材確保を進めてきたようである。そしてこの動きは大連、長春を中心として展開されている日本企業のBPO(Business Process Outsourcing)ブームを先取りする形での展開である。神豊信息技術(延辺)有限公司はその中核に位置づけられているようだ。

 ところで延辺は図門江をはさんで北朝鮮と向き合う場所である。その北朝鮮にも自動車産業が成長する可能性もないわけではない。北の自動車産業の実態はいまいちはっきりしないが、初めての国産車である「フイッツパラム(口笛)」の生産を発表していることから、いちおうは車を作れる能力は備えているようである。つまり北朝鮮に自動車産業が進出するとしたら、無から始めるのではなくそれなりの基礎はあるということだ。延辺への進出は来るべき北朝鮮への進出の布石のひとつなのかもしれない。 

 とにかく、長春並びに延辺朝鮮族自治州を中心としたトヨタの動向から、当面、目が離せない。
(了)

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http://www.mag2.com/m/0001552211.html に掲載した記事です)