韓国の繁華街明洞にほど近い、光化門の大通り。ここには李瞬臣将軍の大きな像が立っているのだが、その片隅に小さな人場がある。横断歩道に面する場所には様々なアッピールや抗議が書かれたカンバンを掲げた人々の列があった。日本では見慣れない光景だが、韓国ではこうした抗議を個人で行う人は多い。そこには、官庁の政策の不都合や会社の横暴から個人の不正まで、様々な抗議や糾弾が書かれていた。

 30度を超す暑さの中で、覆面をし、帽子を目深に被った異様な風体の男が抗議の看板を掲げていた。男は尉山から来た現代自動車の元労働者であった。看板には現代が彼になした不当解雇を糾弾する文章が書かれていた。

 話を聞くと、彼は尉山の現代自動車の生産ラインで働いていた労働者であった。彼は生産ラインでの作業中に目を負傷した。治療にもかかわらず、視力は回復しなかった。彼に対し現代は、事故は彼の不注意に起因するもので会社には何の責任もない。彼の自己責任であると主張した。そして目が不自由になり作業に支障を来たした彼に、突然解雇通知を突き付けたのであった。

 彼は抗議したが、会社は受け付けず、解雇は強行された。彼は何度も会社に抗議したが、会社は門前払いで対応した。実は彼は非正規労働者であった。であるから、労組も対応してくれなかった。我慢できない彼は、ソウルに上京し直接市民に訴える行動に出た。覆面をし、匿名で訴えているのは、現代の城下町である尉山には彼の親せきの何人かが現代で働いているからだ。
 

 彼らに迷惑が及ばないよう、こうした姿で訴えているという。

 こうした行動から何か“成果”を得られるとは彼も本気で考えてはいない。しかし無念の思いを少しでも晴らすためこうした行動を行っているのだと彼は静かに語った。

 ソウル、江南に新林洞という所がある。ここには韓国一の名門ソウル大学があるのだが、そのソウル大学に隣接する考試院という、学生専門の住居が密集する地域がある。考試院とは、大学を出て国家公務員や司法試験を目指す学生のための勉強部屋と宿舎を兼ねたような施設である。部屋代は安いものでは月30万wと言うものもある。4畳ほどの部屋に机とベッドが着いた簡素なものである。こうした考試院はソウルに約4千か所、韓国全土には約六千か所もあるという。

 ところが最近この考試院を、勉強の場ではなく住居にする若者が増えているのだ。新林洞の安い考試院の多くがこうした若者に“占拠”されている。前出キムさんのところでも述べたが、彼らはスペック不足で就職にあぶれた若者である。彼らの多くが非正規職で、アルバイトで細々と生計を立てている。彼らは未来に何の希望も見出せないままでいた。

 新林洞と並ぶ考試院密集地帯である鷺梁津で暮らす若者の一人ソン・ヨンホ(仮名)君に話を聞いた。彼は、全羅南道にある木浦近くの町の出身だと言う。

 ソン君は憧れの延世大入学を目指してソウルにやってきたが、試験に落ちてしまった。第二志望の東国大学にも落ち、浪人も出来ない環境だったことから、第三志望でしかなかった京畿大にやむなく入学した。しかし、第一志望の延世大に入れなかったことが尾を引き、勉強に身が入らなかった。彼は生活費を浮かすため、少しでも家賃の安い最下級の考試院で暮らすこととなった。

 勉強しスペックを重ねて大企業に就職し、考試院暮らしからおさらばするつもりだった。しかしスペックを重ねるどころか学業に身が入らず、アルバイトに明け暮れる生活が続いた。気がつけば、大学を留年し、考試院暮らしは5年目に突入していた。故郷では、誰もがソウルの大学に進学し大企業に就職できると期待していた。故郷の親はもちろんのこと、親戚、友人にも未だに考試院暮らしをしていると話すことが出来ない。何時ばれるかと思い悩む日々が続き、ノイローゼ寸前である。最近、同考試院に済む青年が漢江に飛び込んで自殺した。次は自分の番ではないかと怯えながら暮らしている、と彼は頭を抱えた。

 ここに記した3人の若者が韓国の若者を代表する存在だというつもりは無い。しかし、このような若者が数多く存在していることは紛れも無い事実である。彼らは、“見栄”を張るという儒教精神の負の部分にも絡め取られながら、日々不安の中で暮らしているのである。

 韓国のこうした若者たちは、先にも述べたがIMF危機以来の大企業優遇政策の負の遺産である。と同時に、精神的には韓国社会を未だに縛り付けている儒教精神に基づく“あくなき上昇志向”を良しとする社会の犠牲者でもある。上昇に失敗しこぼれ落ちた若者は、社会の敗者として、実際生活でも精神生活でも、痛みを感じながら生きていかざるを得ないのが韓国社会の一面なのである。

 また、これはまさに、韓流ドラマの中で、それとはなしに描かれている世界でもある。成功者はあくまで褒め称えられるが、脱落者には極めて冷たい社会であるという現実は、韓流ドラマを良く見ていれば、そこここに登場するのである。

 韓流ドラマで時に描かれる、貧しい若者の成功物語は、現実の若者にとっては「夢のまた夢」に過ぎないものなのだろう。


(有料メルマガhttp://www.mag2.com/m/0001552211.html に掲載した記事です)