2012年現在の時点での、日本全国の警察官による被疑者の取り調べに関して、わたしたちはどのように考えれば良いのだろうか。

 まずは、弁護士の篠原一廣さんに取り調べについての一般論を聞きました。

篠原一廣さん「捜査機関にとって、取調べが重要なのは、詳細な経緯についての自白を取れるか取れないかでは、公判で有罪となる可能性が大きく変わるからです。
 一方、逮捕・勾留されている被疑者にとっては、少しでも罪を軽くしようとして、または、自分がやっていないことで逮捕されていることから、捜査機関側の提示するストーリーを否定したり、全く事件に関する話をしなかったりということがあります。このときに、捜査機関が自白を引き出そうとあの手この手で被疑者に揺さぶりをかけるのです。

 この点、被疑者に対して暴力などを振るえば、刑法195条1項の特別公務員暴行陵虐罪が成立してしまうため、実際にこのような暴力が問題となることはほとんどありません(もちろん例外もありますが)。他方で、被疑者の精神状態に揺さぶりをかけることは頻繁に行われています。

 このような場合、刑事訴訟法上は、319条の自白の証拠能力として問題になります。同条は、「強制、拷問又は強迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない」という規定です。すなわち、せっかく捜査機関が苦労して自白調書を取ったとしても、この規定によって裁判官が任意性がないと判断すれば、供述調書を証拠として提出することができず、無罪となってしまう可能性さえ出てきてしまうのです。

 裁判上、任意性が否定された事情としては、以下のものがあります。
1 自白をすれば起訴猶予にするとの検察官の言葉を信じ。それを期待して自白をした場合
2 偽計によって被疑者が心理的強制を受け、その結果虚偽の自白が誘発されるおそれがある場合
3 警察官が暴力団を用いて家族に危害を加える旨の脅迫的言辞を用いて自白をさせた場合

 3などは論外ですが、2に該当するか否か微妙なケースも多数あります。私の経験でも、取調の際に被疑者の携帯電話を被疑者に提示し、電話帳を開いたうえ、「自白しなければお前が逮捕されていること全員に連絡する」などと言われ、やむなく自白したというケースがあります。

 捜査機関と被疑者だけの密室での取調であるため、そのようなやりとりがあったことを立証しなければならないところ、言った言わないの話であるため、立証が非常に困難です。このため、事案の性質上、このような取調になる可能性がある場合には、被疑者にノートを差し入れて、取調の後にやりとりを記録として残すようにさせます。

 また、更に難しいのは、被疑者の供述調書は複数作成されるのが通常ですが、例えば5通の調書が作成された場合に、2番目の調書は確かに強迫の影響があって任意性が認められないが、その他の調書はそのような事情がないから任意性が認められると裁判所が判断してしまうことがあることです。

 このような事情から、供述調書の任意性を争うことは、特に否認事件では頻繁に行われますが、実際に任意性が否定されて供述調書全てが証拠として認められないというケースはかなり限られているというのが現状です」



 また、二年半前まで神奈川県警国際捜査課の刑事だった、小川泰平氏(『現場刑事の掟』イーストプレス刊著者)に聞きました。

――(小野登志郎)一昨年大阪府警の若い刑事が、取調室で問題を起こしてニュースになりました。
今現在、全国の警察の取調室では、どのようなことが行われているのでしょうか?

小川泰平氏「あの件では、一旦略式起訴になったものを、大阪簡裁(西倉亮治裁判官)が略式命令は不相当と判断したようです。異例ですね。

 また、本件の被害者である35歳の男は、初公判の翌日に、1年前のパソコンの窃盗事件で逮捕されたようです。会社のパソコンを盗んだ容疑のようです。多分、質屋にグニ込んだのだと思います。何か、報復の様で嫌ですね。

 また、34歳の警部補は、当初、略式だったことから処分として、「減給処分」とにりました。懲戒処分の中で、三番目です。免職・停職・減給です」

――(小野) 減給処分というのは、ちょっと軽いのではないか、という声も聞こえているのですが、小川さん自身はどう思われますか?
 
小川泰平氏「私の個人的な感覚ですが、処分内容は相応だと考えています。懲戒処分というのは、『懲戒免職』『停職』『減給』『戒告』と4つあります。その中で3番目の『減給』なので、一般の方からみると軽い処分のように感じられますが、警察内部の処分には、懲戒処分の他に『訓戒』『本部長注意』『所属長注意』『本部長口頭注意』等々たくさんの処分があります。

これらの処分はすべて、警察官の身上記録に記載され消えることはありません。警察官を続ける限り、付いて回るものです。『懲戒免職は』一言でいうとクビですから、職を失うことになります。『停職』の者も、ほとんどの者は、自身から退職を申し出て職場を去っていると思います。『減給』の処分を受けた者の中でも職場を自ら去っていく者も大勢います。

 一般の方は、減給と言ったって100分の10、2か月とかの処分でしょう。たいしたことないじゃん、と思われている方がたくさんいると思うのですが、実際は目に見えない、厳しい前途が待っているわけです。

 減給自体は、数万円のことですから大したことはありません。ボーナスに関しても、1年間は減額になります。(10万円~20万円は違うと思います。その他にも、色々な面で「干され」てしまいます。まずは専務員からは外されます。今回の場合でいえば、刑事課の警部補の方ですが、刑事課からは間違いなく異動でしょうね。刑事課に
戻るには、数年を要します。早くて3年、10年以上戻らない人もいます)

 他には、昇任試験も受けることができません。また規定で受けることができる時期になっても、まず昇任試験に受かることはないでしょう。まだまだありますよ。本当に処分を受けると不利益をたくさん受け、大きな代償となるわけです」
  
――(小野)なので、小川さんは、減給処分で許してやれ、かわいそうだと?

小川泰平氏「私は、今回の事案に関しては、マスコミの報道の範囲でしか事情が分かりません。この警部補に同情をする気は全くありません。処分も相応だと思っていますし、簡裁で略式命令不相当というのも、受け入れるべきだと思っています。なので、かわいそうだとは思いません。ですが、取調室での取り調べ、刑事の取り調べ、に関して、一般の国民にも知ってほしい面が多々あります」

――(小野)映画やドラマではない、実際の刑事による取り調べとはどういったものなのですか?

小川泰平氏「最近の刑事ドラマは、警察隠語も多く、鑑識活動等も非常にリアルになってきており、感心しています。ですが、取り調べ室の様子や、取り調べの状況だけは全く違うんですよね。

 まずは、任意での事情聴取があります。任意での事情聴取といっても、被害者の場合や、単なる参考人の場合や、目撃者の場合もありますが、容疑者の場合は事情聴取といえども、実際は取り調べです。警察内部では、『被害者を落とせ』という言葉すら存在します。

 取り調べですから、当然、供述拒否権つまり、黙秘権もあるわけです。取り調べを行う前に、『言いたくないことは、話さなくてもいい』という旨を最初に相手に告げてから(話してから)取り調べを行うわけです。ですから、そんな簡単に、ペラペラと自分の犯した罪を認め喋る者は、そう多くはいません。ほとんどの者が、何だかんだと言い訳をして、認めようとしません。

 また、仮に犯行を認めても、動機の点で嘘を言ったり、物の処分先にかんして嘘の供述をする者もたくさんいます。さらには、共犯者のいる犯行だと、自分のことは喋っても共犯者のことになると、口を閉ざす者もたくさんいます。まだ何だかんだと、言い訳をする者らは良い方です。中には、最初から何も話さない者もいます。それを喋らせるのが、刑事の腕であり、それがプロだと思っています。

 結果的には『落とす』。でも、それに至る経緯には、一言では語れない凄まじい攻防があるのが実態です。
殺人事件や泥棒(窃盗)事件、また痴漢を犯した者に、

「あなた、○○さんを殺したんですか?」

「何で、殺したんですか?」

とか、

「人の家に侵入して空き巣をしたのは間違いないですか?」

「盗んだものは、どうしたんですか?」

また、

「何で痴漢をしたのですか?」

 なんて、お見合いじゃあるまいし、こんな甘っちょろい言葉では、喋りたいと思っている容疑者も喋らないと思います。

 取り調べも十人十色で、色々なやり方があるようです。最初から、ドカ~ンとドシャをかける刑事もいます。
最初は、淡々と取り調べる刑事もいます。私の場合は、最初から怒鳴ることは、まずありません。また、最初から事件のことを話すこともありませんでした。家族のことや、会社のこと等々、一見事件に関係のないような話をしますが、実はこれは、事件の取り調べにとっての大きな情報源となります。

 また、家族のことや職場のことを聞かれると、事件に関係ないので話すのですが、相手にとっては、結構プレッシャーになります。いろいろと、言葉のキャッチボールをしながら、短時間で相手の性格等を読み取り、攻めのタイミングを見計ります」

――(小野)本当に怒鳴らないのですか? そんなことはあり得ないように思えますが。

小川泰平氏「全く怒鳴ることなく落ちる容疑者もいますが、みんながそうではありません。時には、怒鳴ることもありました。まぁ、手を出すことは絶対にありませんが、机を叩くこともありました。『取調室』。ここは、刑事にとって『戦いの場』なのです。落として当たり前、落とせなかったら『恥』と思って仕事をしていました。

 私の場合は、怒鳴ると言っても、家族を滅茶苦茶にしてやる、とか、職場にガサかけるぞとか、そのような汚い取り調べをしたことは一度もありません。

 これは、フェアーでない、つまり取り調べのルール違反であると思ってます。

 もちろん事件の中には、職場にガサに行くこともありますが、喋らなければ、『家族に……』『会社に……』、
これは言ったらダメなんです。脅迫と言われても仕方がないと思います。ですが、落ちない被疑者(容疑者)、何も喋らない被疑者(容疑者)に対しては、相当失礼なことを言ったこともあります。

『本当に男なのか? 金玉付いてんだろ?』 

『お前、眠たいこと言ってんじゃないよ!』

『お前じゃなきゃ、誰なんだよ、言ってみろよ!』

『警察をなめるなよ!』

 等々、たくさんの暴言を吐いたかも知れません(苦笑)。痴漢の被疑者に対して、よく言った言葉があります。
先ほどお話した、『金玉付いてんだろ』もよく言いましたが。『お前、最低の男だな!』、『お前、痴漢何回やったんだよ、捕まらなかった時は、お前の勝ちだよ』、『今回は、お前の負けなんだよ、負けた時くらいはキチンと認めろ』

 これ、結構効果がありましたよ。ですが、これは誰のためでもなく、被害者の代弁者として私は怒鳴っていたつもりです。それと、被疑者自身のためにも怒鳴ってあげたつもりです。

――(小野)それはどういう意味ですか?

小川泰平氏「本当のことを喋らせ、更生させるのも1つの仕事と考えていました。ここで、落とせず、帰せば、この者は警察はチョロイもんだと思い、また罪を犯します。この者がこれ以上罪を犯すことがないように、という願いもあります。『落とす』ことによって犯罪の抑止にもなるし、被疑者の再犯も防いでいると自負していました。

 私は、これまで何百という取り調べを担当し、怒鳴ったことは数知れず、でも、訴えられたことは一度もありません。逆に、逮捕した後に、『刑事さんに怒鳴られて目が覚めました』、『クソミソに言われたけど、本当のことを言って良かったと思っています』と、感謝されたほどです。

 私は、退職した今でも、取り調べに多少の怒鳴り声はつきものだと思っています。私は現職時、取り調べ室で被疑者とともに、涙したこともあります。私も、被疑者も知らないうちに、涙が溢れていました。私は、被疑者の手を握り、『よく話してくれたな、辛かったな、俺がもっとうまく調べしたら、もっと楽に喋れたのに悪かったな、調べが下手で』。被疑者も私の手を、震える手で握り返し『ありがとうございます。私です。私がやりました』と喋って
くれたことがありました。

 否認していた被疑者が『落ちる瞬間』なんて、こんなもんですよ。否認していた被疑者が最初に発した言葉が、『ありがとうございます』ですよ、信じられますか。こんな経験は何度もあります。

――(小野)被疑者側の弁護士に対してはどのように接していたのですか?

小川泰平氏「私は三課(窃盗)と国捜(外国人犯罪)が長かったのですが、逮捕時から弁護士が選任されていることは、殺人事件等に比べると少ないのが現実です。でも、中には夜遅くまで警察署の外で取り調べ室の電気を確認していた弁護士もいました。弁護士の先生が、警察署の出入り口で待っていまして『今日は10時までですか~、頑張ってますね~、でもあまり無理はしないで下さいよ~』なんて、弁護士の先生に嫌味を言われたことも
あります。

 私は、時間の許す限り、自分の担当した事件の公判(裁判)には極力傍聴に足を運んでいました。第一回公判、第二回公判、第三回公判と、弁護士の先生とも毎回顔を会すわけで、最初は軽く会釈のみの挨拶なんですが、何回も会っているうちに、私の方から声をかけることも多かったです。

『先生、そろそろ本当の話をして、認めろって言って下さいよ』

『先生は本当のこと聞いてるんじゃないですか』

なんて言うと、最初は『あんた、何言ってんだ!』と、ちょっと怒っていた弁護士の先生も、『そうなんだよな、情状面で勝負した方がいいんだけどな』とか、逆に『サイタイ(再逮捕)あるの?』などと、探りを入れられたこともありました。結構、弁護士の先生とも仲良く楽しくやっていましたよ。

 昨年ですか、秋田県と横浜市で弁護士の先生が殺害されるという、本当に痛ましい殺人事件がありましたよね。例えば、この事件の被疑者が『知らない。やっていない』と容疑を否認した場合、『そうなんですか。 でも本当はあなたがやったんでしょう?』と、怒鳴ることもない、生ぬるい取り調べをヤレと言いますか? 同業の弁護士の先生方はどのように考えているのでしょうかね? 一度お聞きしたいくらいです。小野さん、今度弁護士の先生との対談、企画してくださいよ。私じゃ役不足だとは思いますが(苦)。

 実際に、ブツ(賍品。被害品の現金)の入っているコインロッカーの鍵を受け取ろうとした弁護士もいますし、『余計なことは喋る必要はない』と教える弁護士もいました。これは、被疑者が落ちた後に、弁護士の先生から言われたとの供述を得ました。

 また、否認している被疑者と弁護士が接見し、そのまま被疑者を『落して』しまい、接見後に、『小川さん、落ちちゃったよ! 話するって言っているから、直ぐに調べた方がいいよ!』と言われた経験もあります

――(小野)なるほど。今は取り調べの可視化が進んでおりますが、取調室も変わっていくのでしょうか?

小川泰平氏「そうですね。変わるんですかね。私としては、変わってほしくないと思っています。強い信念の基、刑事自身のスタイルで取り調べを行ってほしいと思っています。

 被害者の身内として考えてみて下さい。警察が、生ぬるい取り調べをしていることを望んでいるのでしょうか? そんなことを知ったら『私が代わりに取り調べをやる……』と思っている身内の方が多くいると思います。

 確かに、証拠主義であることは事実です。ですが、『自供は証拠の王様』と言われているのも事実です。

 証拠のない事件は沢山あります。自供を得てから、証拠を得ることが多いのも事実です。いわゆる裏付けです。

 日本全国、どこの警察の取り調べ室でも、怒鳴り声が聞こえているはずです。取調室から、怒鳴り声が聞こえないような警察は死んでいると思います。

 刑事課でも、『おーっ、今日は○○刑事、気合いが入っているな!』という感じでしか思われていないのが現実です。刑事も、1人1人調べ方(落とし方)が違います。最初から、大声でドシャをかける刑事もいれば、突然怒鳴る刑事もいます。刑事も、それぞれ作戦を考えて、戦いに望んでいます。

 昨年の大阪府警東警察署の警部補の取り調べが妥当だとは申しません。大阪の件では、刑事として言っちゃあいけないことを言っていますからね。

 ですが、取調室内での怒鳴り声=脅迫と一概に思われることを、非常に危惧しております。

 日本全国に、日本の治安維持のために、平和な日本のために、安心安全な街作りのために、日夜頑張っている若い非常に優秀な警察官が大勢います。そのような若い警察官が、保身に走り、弱腰になることだけは、避けてほしいと思っています」

――(小野)そうですね。でも、取り調べは脅迫ではない。あくまでも取り調べです。この線引きはいったいどうなるのでしょうか?

小川「取調室内での、怒鳴り声が、取り調べの範疇なのか? 脅迫なのか? この線引きは非常に難しいと思います。私は、可視化には賛成派なんですが、この辺の法整備は必要だと思っています。現場の刑事さんたちは、今後も信念に基づいて、より一層頑張ってほしいと思っています。と、いったような感じが、私が考えていることです」
(終わり)

 (有料メルマガhttp://www.mag2.com/m/0001552211.html に掲載した記事に少し手を加えました)