小野登志郎のブログ

出版・ウェブの制作会社(株)小野プロダクション代表で、ノンフィクション・ライターの小野登志郎です。徒然にゆる~く書いていけたらと思ってます。

▼第Pre03-号
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                       2012/07/19
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  ノンフィクション・ライター小野登志郎のメールマガジン
    ~牡羊座が見たディープな出来事とスターたち~
Vol.pre03その1

毎週木曜日発行
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【今週の目次】
1. 【警察による取調室の現在】
1,1【国税庁VS税理士】
2.『わたしが出会った北朝鮮人』
3. 『韓流ドラマから見た北朝鮮』
4. 日本の芸能娯楽ニュースサイト「中国語版」の運用は可能か?(安田峰俊)
5. 『中国・台湾の芸能最新事情――日本に「台流」ブームは来るか』(松野幸志)
6. 『ジャニーズ戦略の今と未来』(KAZMA)
7. 『高橋ユキのややこしい話と人々たち』(高橋ユキ)
8. 小説『名をば捨てよ――武田信玄暗殺計画』(横山茂彦)
9. 『あわいの小骨』 短編小説『箱』(伊藤螺子)
10. 『松田健嗣の建築よもやま話』(松田健嗣)
11. 『東方神起とJYJについて JYJとエイベックスの専属契約交渉の開始日』
12. 『続・龍宮城 果てしなき日中闇のオセロゲーム』
13. 編集後記

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■私が接した北朝鮮人
(取材 ジャーナリスト浪城暁紀)(構成・小野登志郎)


 私(浪城)が中朝国境を初めて訪れたのは1984年のことである。

 中朝国境に聳える白頭山(中国名長白山)の取材に訪れたときのことだった。せっかく延辺に来たのだから、この際中朝国境を流れる豆満江越しに北朝鮮を覗いてやろうというような野次馬根性で豆満江沿いに車を走らせた。その時、カーラジオは北朝鮮の放送を流していた。中朝国境では北朝鮮の放送が傍受できるのだ。放送は音楽を流していたように記憶している。

 と、その時突然荘厳な音楽と共にアナウンサーの悲痛な声が流れ始めた。同乗していた朝鮮族の通訳が、「金日成が死んだようだ」と教えてくれた。私は北朝鮮を望む場所で、“歴史的瞬間“に立ち会っていたのだ。その重大放送の予告があったせいか、河岸にはほとんど人影は見られなかった。
 
 川越しに見る北朝鮮の風景は、中国の東北部の農村風景となんら変わらないという印象を受けた。ただ、山のほとんどが禿げ山で、おまけに上のほうまで畑のようなものが続いているのが印象に残った。当時はこれが北朝鮮の大飢饉を示す兆候だとは夢にも思わなかったのだが……。

 その後、北朝鮮のことはあまり関心を引かず、いつしか脳裏から消えていった。

 再び北朝鮮に関心を抱いたのは21世紀に入ってからである。このころ北朝鮮の脱北者のことが報道されるようになり、その原因として北朝鮮に大量の餓死者が出ているらしいことが報道されていた。わたしの北朝鮮への関心が決定的転換点となったのは、2002年の小泉訪朝であった。金正日が日本人拉致を認めたことで日本中に北朝鮮非難の渦が巻き起こっていた。報道にも関係していた私は、中国朝鮮族の友人の協力を得て北朝鮮の取材に参戦することにした。

 取材と言っても、市販のビデオカメラを持ち朝鮮族の友人と二人で行うというアナログそのものでしかなかったのだが……。しかし川越しではあったが、北朝鮮のそれなりの映像は取れた。そして延吉市などに潜む脱北者とも少なからず接触できた。この脱北者は韓国行きを望むものはほとんどおらず、その目的は中国で金を稼ぐことだった。

 こうして、以来10数年に亘り延辺、そして鴨緑江沿いの遼寧省丹東などに足を運んだ。時には丹東から中国密輸船に同乗し北朝鮮海域に潜入するという“冒険”もおかした。その時、北朝鮮監視艇の臨検に遭った。船長の指示で、わたしはカメラマンと二人で秘密の船倉に潜んだ。上からは甲板や船室を捜索する北朝鮮兵士の慌ただしい足音らしきものが聞こえていた。

「逮捕されたら、スパイ容疑で死刑になるのかな……」

 という不安に捉われながら秘密船倉で過ごした恐怖の時間は、今でも鮮明に記憶に残っている。結果は何もなく無事で、船は再び航海を続け北朝鮮海域深く侵入し、そこで中国密漁船のアサリ漁を撮影できたのであった。

 船長の話では北朝鮮監視艇の臨検は日常茶飯事で、彼らは臨検を口実に金や食料品,酒・タバコなどをせびりに来るくだけだそうだ。そういえば出港前に大量な焼酎やタバコを積み込んでいた理由が判った。

 こうした“冒険談”はともかく、この10数年間の北朝鮮取材で、数多くの北朝鮮人と触れることができた。その大半は経済的理由で中国に越境してきた“脱北者”という名の経済難民であった。中には中国官憲の追手を交わすため、朝鮮族の親戚の援助で山中に小屋を建てそこで暮らす者もいた。その生命力の逞しさには驚愕したものだ。

 そして韓国行きを望む北朝鮮保衛星部の高官とも接触した。さらには骨董品、覚せい剤、金を手に中国に渡ってくる密輸業者にも接触した。中でも面白かったのは、偽ドルを人民元と交換するために中国に来る偽ドルブローカーだった。実際私は、手持ちの人民元を北朝鮮製偽ドルと交換した。もちろん違法行為であることは承知だが、そのおかげで貴重な映像を入手できた。

 そうした中で、最も印象的だったのは、「コッチェビ」と呼ばれる孤児たちと女性であった。コッチェビの多くは教会関係者などに保護されていたが、中には街中で物乞いするものや、中国人の農場で下働きするものもいた。物乞いの中には、徒党を組み集団で生活するグループもいた。

 彼らの中から「カンペ」と呼ばれる朝鮮族のやくざ組織の構成員になる者もいた。彼らは一様に逞しく、これまた生命力に溢れていた。悲しいことだが、この残酷な環境下では、弱い者はほとんど命を落としていたのだ。中には、死んだ後残った子供たちの“食糧“となり、彼らの命を支えた子供もいたぐらいだったのだから……。

 女性には若い人が多かった。綺麗な服を着、化粧した彼女らは朝鮮族の若い女性となんら変わることはなかった。しかし彼女らのほとんどは延吉のノレバン(カラオケ)に雇われ性サービスを行う性労働者なのであった。

 脱北者と承知して彼女らを雇ってくれるのは、風俗関係者しかいないのが現実であった。しかし彼女らは、わたしがイメージしていたほどは、暗くは無かった。少なくともここではお腹一杯ご飯を食べることはできる。北朝鮮のように餓死することはない。そしていくばくかの金を稼ぐこともできる。

 つまり彼女らにとって延吉での生活は、北朝鮮のそれに比べたら“極楽”なのであった。若い北朝鮮女子は、ブローカーに騙されて延辺朝鮮族の嫁として売られる女性も少なくなかった。彼女らは家に縛り付けられ自由はほとんどない。売られた北朝鮮花嫁に比べれば自由があるだけ、まだ遥かにマシなのである。

 ところで、中年の女性の脱北女性がいないかと言えばそうではない。中年脱北女性の働き場は、食堂の下働きとか農場の作業員などがある。夫婦で農場に住み込み働く脱北者もいる。彼女らは故郷に残した夫と子供を餓死させないため、こうして出稼ぎ労働に従事しているのである。

 さらに私は、脱北者や密輸業者では無い、正真正銘の北朝鮮人と会い彼から話を聞いたことがある。彼は中朝国境に接するある省で家族と供に暮らしている。彼は苦しい生活の支えとして延辺の親せきを訪ね、援助を貰うため中国に来ていたのである。北朝鮮には国民の海外訪問を認めていないが、そのわずかな例外として中国への親戚訪問を許していた。その理由は、貰った援助をピンはねすることにあったのだから、まことにあさましい話である。

 しかし当局にピンはねされても手元にはそれ相当の金が残る。だから中国に親せきをもつ者たちから、親せき訪問の申請が絶えないのである。

 彼は60代で家族は4人。生活は極めて苦しいと訴えた。その時、彼は面白い話を聞かせてくれた。今、彼が住む地方では「党(労働党)を信じていたら、餓死する」という小話が流行しているという。北朝鮮では政府・労働党が配給に頼り、生活しなさいと指導している。必ず党が食糧を支給するというわけだ。

 しかし住民の中でこの言葉を信じる者は誰もいない。労働党の空手形には、皆うんざりしているからだ。しかし、市区の責任者の中にその指示を堅く守り闇市場には行かず、じっと耐えた者がいた。しかし、結局彼とその家族は餓死してしまったというのである。

 この寓意の意味するのは、北朝鮮では労働党の振りだす空手形を信じる者は誰もおらず、生き延びたいなら闇市場に行くしかないというものである。そしてその為には金がいる。そこで人々は、あらゆる手段を講じて金稼ぎにまい進しているということなのである。彼もまた生き延びるため市場で物を購入する為の現金を手に入れるため、中国の親せきを訪ねたのだ。北朝鮮で実際に生活している人との邂逅は初めてだったが、彼の言葉は限りなく重かった。

 このように私は10数年にわたり、いろんな年齢、階層の北朝鮮人と接したが、一言で言うと出会った彼らはごく普通の人たちであった。そして、家族のため必死で働く人たちでもあった。

 拉致報道や金一族が設置した収容所などのイメージから、北朝鮮と言うとおどろおどろしい感じで捉えられているが、その地で生きる大半の人々は、当たり前のことであるがごく普通の人々である。それどころか、家族への情や友情に溢れた心優しい人々であった。

 そしてまた、脱北者は生命力あふれた逞しい人たちであった。私はこの10数年を回顧しながら、私が出会った人々を通して北朝鮮のある真実の一面、一部分を伝えてみたいと思う。このリポートは、中朝国境地帯という限られた地域のみで見聞きしたことである。これが北朝鮮の実態だというつもりは毛頭ない。これは、この限られた地域で見聞したことに基づく“極私的”北朝鮮リポートに過ぎないことはもちろんである。

 もう一つわたしには動機がある。それは、金正恩体制の行く末である。

 出稼ぎで中朝国境を行き来した経済難民の脱北者たちは、中国で新しい価値観とスキルを身につけている。そして彼らが運ぶ情報と金は、北朝鮮に住む人たちに少なくない影響を与えているであろう。そしてカンペ(やくざ)に身を投じたコッチェビや脱北軍人は、反体制の軍事力とならないとも限らない。彼らの中から朝鮮民族の世直しのシンボル「ホン・ギルドン(洪吉童)」が出てくる可能性は、充分にあると思われて仕方ないのだ。

 私はこれらの人々に北朝鮮の近未来を託したいのだ。たとえそれが見果てぬ夢だとしても……。
(つづく)

(文中「私」は浪城暁紀(仮名)氏 構成は小野登志郎です)

■浪城暁紀(なみしろぎょうき)の言葉。
「今年64になる正真正銘のお爺である。北朝鮮関連の専門家で現在も韓国と中国吉林省にある延辺朝鮮族自治州を頻繁に行き来している。韓流ドラマと韓国演歌をこよなく愛している。韓流アイドル『ビッグ・バン』のテソンが歌った『タバキヤ』と『ナエバ、ナエバギッスン』には“感動”した。ソウルや延吉の町で韓国人や朝鮮族の友人とノレバン(カラオケ)に行き韓国歌謡を歌うのが何より楽しみである」



(有料メルマガhttp://www.mag2.com/m/0001552211.html に掲載した記事です)

 2012年現在の時点での、芸能界における暴力団との関わりはどうなっているのでしょうか? また、いわゆる「暴対法」「暴排条例」対策に関して、どのように考えれば良いのでしょうか?

 元神奈川県警国際捜査課の刑事、小川泰平氏(『現場刑事の掟』イーストプレス刊著者)に聞ききました。

――(小野登志郎)暴排条例と芸能界についてお話ください。

小川泰平氏(以下小川)「分かりました。それには前置きが必要ですね。まず現在、日本全国に正式な暴力団員と呼ばれている者は、約35000人います。これは、暴対法で指定暴力団と言われている全国22団体の暴力団員の数です。

(1)六代目山口組17000人
(2)住吉会 5900人
(3)稲川会 4500人
(4)松葉会 1200人
(5)極東会 1100人
(6)道仁会  800人
(7)四代目工藤会 600人

 などですね。

 マスコミでは、暴力団の数7万人とか8万人とテレビ等で発表していますが、これには準構成員や周辺者も含まれています。
 暴対法が出来る前は、暴力団事務所等に行くと名札が掛かっており、組長から始まり、代行、本部長等々、肩書きがあり、立派な木の名札に素晴らしい墨の文字で書かれた名札か掛かっていた。暴対法が出来ることにより、全国の暴力団事務所からこの「名札」が消えた。それまでは、事務所等の「ガサ」に行った際に、写真1枚で組員が把握できたというわけです。

 また、所轄の暴力団担当刑事が定期的に事務所に行き、新しい組員が増えていないか、確認していたものです。この「名札」はもちろんだが、カレンダーになったホワイトボードや黒板があり、そこに「当番」の名前が記載されていた。「当番」というのは、「電話番」のことで、暴力団事務所は24時間体制です。

 この「当番」の名前に新しい知らない名前が入っていれば、新しい組員発見ということになります。新入りは、当然「当番」するからですね。今から考えればずいぶん牧歌的な時代ということになります。

 だが、暴対法が出来てからは、この組員の把握が難しくなり、既存の組員はいいとしても新規の組員把握が難しくなってきたことは事実です。それでも、名刺を押収したり、各種事件事故の取り扱い等から、暴力団員と認定しているというわけです。

 暴力団員として活動している情報はあるが、実際に名刺の押収等に至っていない、本人からの言動(供述)がとれないような理由で、指定暴力団員になっていない者も数多くいるのも事実で、準構成員や周辺者止まりになっていることもまた事実です。

 だが、昨今の各都道府県の暴力団排除条例により、「反社」と「密接交際者」という言葉をよく耳にすると思う。反社というのは、反社会的勢力の略であり、つまり、「ヤクザ」「暴力団」のことです。

 で、「密接交際者」というのが、ちょっと厄介なもので、決まった定義がない。

 少し前に「紳助ルール」というのが確立されそうだった。島田紳助氏が引退会見で述べた、自分ではセーフと思っていたがアウトだった。このアウトの理由は、(1)メールのやり取り(2)数回の食事(3)写真撮影(4)そのような立場にあることを知り頼みごとをする、です。

 島田紳助さんは、警察やマスコミが「密接交際者」と認定する前に、自分から、「密接交際者」と認めて引退をしてしまったわけです。この程度で「密接交際者」とされては大変だと思っている芸能関係者の方々も大勢いるのではないかと思われます。

 私も現職時代に、暴力団の宴席に紅白でとりをつとめるような超有名芸能人が数名参加し歌を歌っている映像を見たことがあります」


――(小野)そのような状況の中、日本の警察は、外国のマフィアや暴力団員を「反社」と認定することはできるのでしょうか? また、いったいどうすれば認定することができ、または、彼らが何をしでかしたら認定できるようになるのでしょうか?

小川「『反社』と認定することは可能だとは思いますが、状況次第だと思います。日本の芸能関係者とも関係の深い韓国でお話をしますと認定するかしないかは別として、仮にA氏がいるとしましょう。A氏は過去に犯罪歴があり、韓国内で暴力団(カンペ)として活動していた事実がある。それだけでは、現時点において、『反社』とは言えないと思います。

 日本でも同じですが、過去に犯罪歴があり、元暴力団員でも現時点で真面目に稼働していれば、『反社』とは言えないと思います。

 ですが、現時点ではカンペでなくとも、元カンペとして、その勢力威力を駆使したり、現役のカンペと付き合い等があることが分かれば、「反社」「密接交際者」といえるのではないかと思われます。

 ただA氏が海外となると、海外での認定が不可欠になると思います。海外で「認定」されても、日本国内において、その勢力威力を示し活動している等の事実が必要になります。必ずしも犯罪構成要件を満たす必要はないと思われます。

 そのような行為が日本国内で認められ、日本国内の警察が海外の警察に照会する必要があります。正確には、日本の警察庁から韓国警察庁に照会し、回答を得ることが必要となります。ただ回答が来るか、正確な解答なのかは非常に疑問ですが。また、そこまでやるか? というと疑問もあります」


――(小野)では、例えばそのA氏が日本で何かしでかしたら認定できるようになるのでしょうか?

小川「これは仮定の話になります。日本国内で、現役の『反社』と言われている者と、『共犯』関係で何かの犯罪を犯せば、待ったなし、だと思います。

 また、そのような「反社」の者と付き合いがあれば、「密接交際者」と認定されることは確実です。

 これは、『その筋の人間から証言を得ている』だけでは全くダメです。何の根拠もないことです。例えば、親しくしている証拠が必要です。『紳助ルール』で申せば、メールのやり取り、食事を共にする、写真を撮る、相手の立場を利用し何かを頼む、といったようなことがあれば『密接交際者』候補にはなるとは思いますが、これは、その者本人が島田紳助氏のように、全面的に認めた場合です。やはり、これも日本の『反社』の者と犯罪をしでかして、逮捕されるのが一番確実なことだと思います。

 海外の企業、法人会社を『反社』と認定するのは非常に難しいと思います。韓国に限って言えば、韓国国内で『カンペ排除』の号令がかかり、かなり厳しく取り締まりを受けていることは事実ですが、あくまでも現役のカンペでのこと。カンペの交際者までにその域が及ぶと大変なことになると思います。

 韓国の芸能関係は、日本に比べ閉鎖的なところがあり、興行権等まだまだ、その筋に頼っているところがあるようです。これには、金銭的な問題が大きく関わっているからです。日本の芸能界も過去はそうだったのではないでしょうか。

 なので、韓国内では普通に一企業として成り立っているものを、その中の1人が元カンペだから、現在『密接交際者』だからという理由だけで、その企業を『反社』とか『密接交際者』として認定することはないと思われます。

 また韓国以外の国で言えば、普通にマフィア関連が興行権を握っている国もあるわけです。海外の企業、例えばプロダクション等に、そこまでを求めるのは無理だと思います。その国では、マフィアでも日本にアーティストを送り込む時は、通常のルートで行っている場合は、そこまでは何も言えないでしょう。

 ただ韓国の場合は、隣国と言うこともありますが、最初から日本でのデビューを目指したり等、日本での活動を前提にしており、反復継続しての営業活動であり、日本の代理店、日本国内のプロダクション等々との付き合いが考えられます。日本の企業(プロダクション等)の判断が問われると思われます。ですが実際問題は、非常に難しいです。

 例えば、D社という、韓国のプロダクションがあったとします。今までは、健全な仕事をしていましたが、日本に進出するにあたり、都内の『反社』と言われる組織の力が必要になり、韓国内でその組織に顔が効くカンペを雇ったとします。ですが、役員名簿にも、従業員名簿にも名前がなければ、それを知る余地はありません。実際にブローカー的な人が存在するのは事実です。

 また、役員名簿や従業員にいたとしても、韓国は、キムやパクやチョンさんだらけです。その人達を全員、いったい誰が調べるんですか?

 韓国でも把握されてないことも数多くあります。そのような理由から、それなりに難しいと思われます。

 この件は、日本のプロダクション、または場所提供者(東京ドーム等)などの判断によるところが大だと思いますが、法とは別に、興行に関してはルールが必要になると思います。ですが、やはり大きなお金が動きますから、そこまで真摯に調査をするバカはいないでしょう。また、そのように調査機関もありませんから」


――(小野)仮に「反社」と認定できたとしても、警視庁でいえば組対三課や暴力団追放センターが企業や個人からの照会に対し、答えたりするのでしょうか?

小川「それは、無理だと思います。日本人でも難しいのに、外国人や外国の企業を認定すら出来ていないのに、答えられること自体が出来ないのが現実だと思います。そんなことしたら、日本以上に世界にはマフィアの数が多いと思いますので、大変なことになります。香港や、マカオや中国は、ヤクザだらけですよ」


――(小野)では、外国の犯罪組織、国際犯罪組織に対しては、日本の暴対法や暴排条例は無力ということなのでしょうか?

小川「無力と言われると、非常に残念ですが、結論から申しますと事実だと思います。日本で言う『反社』、つまりヤクザ者も海外の組織であれば、ある程度認められている場合もあります。私の知識の範囲ですが、日本の『反社』つまり暴力団と海外の暴力団とでは、立ち位置が全く異なります。

 また海外の場合は、日本のように、指定暴力団といったように、明確な区別がない国が多いようです。私は世界各国すべてを熟知しているわけではないので、日本以上に把握しており、厳しい国もあるかも知れませんが、日本に多く来日してくる者の国に限っては把握されていないと思われます。

 ただ、薬物や銃器の前歴者の把握に関しては、日本以上に厳しい国はたくさんあります。外国の犯罪組織、国際犯罪組織、というものを本当に日本の警察が把握しているかというと、非常に疑問です。

 私が現職時の話になりますが、外国人被疑者を逮捕してから、組織名が判明し(被疑者の供述から)その国に照会しても、無回答か、そのような組織は無い、という回答ばかりでした。本当に把握していないのか、そうでないのかは分かりませんがね」


――(小野)暴排条例で混乱した状況が芸能界にはそこかしこで見られます。中にはビジネス上の争いが生じた時に、悪意を持って「あそこは『反社』だ」と虚偽のデマを流す場合すらあります。芸能人はイメージが命であり、
そういうことを公言されてしまったら致命傷になります。今の状況に関して、いかが思いますか?

小川「確かに芸能関係者の中には戦々恐々としている方々もいると思いますよ(笑)。小野さんのおっしゃることは理解しています。ですが、これは法整備といいますか、一般企業や一般市民に対して色々と注文をつけ、中には罰則まで設けている条例です。が、これは企業や一般市民のために作った条例だと考えています。

 例えば、銀行の口座開設にしても、銀行は『反社』の方の口座を作りたくないのです。普通に取引するだけならいいのですが、例えば、小さい話で言うと、月末は銀行が混んでますよね。それをヤクザ者は文句タラタラ言って早くしてもらう。それがマンネリ化し、常に待ち時間なしのVIP待遇です。融資に関しても同様に、ムリムリが多いと聞きます。それが、今回の条例によって、口座開設を断らなければならなくなったのです。この条例を盾に、断わる名目が出来たわけです。

 マンションの賃貸でもそうです。貸す方も、仲介する不動産屋も、そのような『反社』の者に貸したくはありません。ですが、実際は貸していたわけです。マンションなどの場合、隣室の者はテレビの声は最小にし、中にはヘッドホンを使用したり、喋り声も聞こえないよう、ヒッソリ住んでいる者もいるのです。結局今回の条例を盾に、断われる名目が、大義名分が出来たわけです。今では、不動産売買にしても、賃貸にしても、重要事項説明に一文付け加えられています。不動産屋なんて、もろ手を挙げて喜んでいます。冷や冷やしているのは芸能人くらいでしょう」
 (おわり)

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【電子書籍市場の現況などについて、太田出版書籍部編集長の村上清さんに聞きました】

――(小野登志郎)先ごろ楽天が電子書籍に本格参入というニュースがありましたが、この件について、既存版元としてはどう考えますか? 

村上清「もう定着しつつある認識だとは思いますが、電子と紙のどちらか一方が勝ってもう一方が負ける、ということはないでしょう。両方勝つか、あるいは両方負けるか。媒体の違いやアマゾンVS楽天云々よりも、「今の社会にいる読者がお金を出してでも欲しくなる日本語の情報あるいは物語を、今の生産側が提供できているか」のほうが、共通して、そして依然として最も重要だと思います。
 そこに貢献する役割を全うできていれば電子市場がどうなろうが大丈夫、全うできてなければ状況論を語る以前にそもそも大丈夫じゃない、と。出版業が「崩壊」しているとすれば、少なくとも電子書籍以前からその理由は存在していると考えたほうが間違えない気がします。原発問題が3.11以前から存在していたように。

――(小野)日本のサブカル漫画の雄である太田出版の漫画は、世界で高い評価を受けていると聞きます。実際、どのような形で評価され、そして販売実績、どれほど儲かっているのか? そして今後どのように展開していくことになるのでしょうか? 

村上「海外ではいわゆるアート、美術的出版物の一種として受け止められている印象です。なので、絵が「綺麗」な人はもちろん評価されやすい。アート本として見れば、漫画ほど低価格で高品質の絵を大量に楽しめる媒体は存在しないでしょうから。日本だとエロ/グロと扱われるような絵柄の作品が、海外では美しい、個性的、ときちんと評価される懐の深さを感じることもあります。
 ただ一方、ギャグ漫画など、絵の「綺麗さ」以外の、漫画ならではの魅力に対する評価の懐は、逆にあまり深くないかもしれません。この傾向はしばらく続くのではないでしょうか。

――(小野)上記に関してもそうですが、急成長するアジア、特に中国に対する漫画、書籍販売の本格化はいつ頃になりそうですか? 

村上「いつ頃、ということは明確に予測できませんが、ベトナムでの『ドラえもん』人気を例に出すまでもなく、アジアの文化としてはある意味、すでに本格化してるとも言えるかと。海賊版横行が一時にくらべだいぶ減少し、正規ライセンス意識が確立しつつあるのも大きいでしょう。ただ、人口何億人だから何億部、という正比例的な考え方自体が、不可避的に「翻訳」「読解」作業が発生する漫画や書籍などの表現物とは馴染まないと思います。企業や行政ではなく突出した個人の発想する、K-POP並の現地ローカライズ方法論が必要になってくるのでは。

――(小野)日本的になお笑いは世界に通用しないと言いますか、一般的にお笑いのセンスはその国によって違うから難しいとは思うのですが、でも、もしかしたら世界共通の、普遍的な「お笑い」というものもあるかもしれませんよね?

村上「世界共通の笑い、というと、いわゆる”アクションと表情で見せる子供向けギャグ”となりそうですが、実際はそれだけでは難しいと思います。コマとコマの間(ま)のタイム感だけでも国によって好みが違いますし。世界マーケットの物語、ということでいうと、ハリウッド映画のほうが参考になるかと。
 アクション、ラブ、ギャグ、善悪対決のバリエーションに至る膨大な蓄積。ただ、日本でこの近年洋画が異常に苦戦していることを考えると、今後は漫画も洋画も最初から普遍を志向するよりも、足元のローカライズにエネルギーを注いだほうがじつは近道かと」――(小野)なるほど、太田出版書籍編集長としての今後の展開、展望についてはいかがですか?

村上「とにかく、『毒』か『薬』のどちらかにはなる本、そして理想的にはそのどちらにもなる本を出しつづける、それだけです。難しいですが……」

――(小野)太田出版は今まで「毒」と「薬」の本を作り続けてきましたよね。会社としてではなく、村上さん個人が考える今後の「毒」と「薬」の理想的な形な書籍とはなにか。もう一歩お教えくださいませ(笑)。

村上「前提として『毒』=ネガティヴで暗い本、『薬』=明るくポジティブな本、とはまったく思っていません。いずれにしろ、ありきたりですが、その本から新しい言葉が生まれる書籍、でしょうか。その言葉がそれこそウィルスのように人口に膾炙して、もともとの出所がもはや曖昧になるくらいに。書名でも中の人物の台詞でもいいし、新語造語でなく古い言葉の再利用でもいい。その時代の気分(無意識、感覚)をつかまえる言葉は必ずどこかに存在するはずだし、そもそも見えなかったものに形を与えるのが本や雑誌の仕事だと。
 その意味で、最近の流行語大賞が単に『その年に売れた商品名のリスト』みたいになってしまったのは不満です(昔は好きで本当によく見てました)。本当に力のある言葉は金よりも動くスピードが早いと思っているので。そういう言葉の生まれる場所に立ち会っていたいです」
(終わり)

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■『わたし(北朝鮮に詳しいジャーナリスト・浪城暁紀)が出会った「普通」の北朝鮮人』① (構成・小野登志郎)

 


●中朝国境地帯で垣間見た北朝鮮

 

――はじめに―― 北朝鮮金正恩体制の将来に暗雲を投げかける「金正恩打倒!」ビラ

 

2012415日、北朝鮮で金正恩が労働党第一書記に推戴され、権力の三代世襲が確定した。金正日亡きあとの北朝鮮の新体制はスタートすることはしたが、その将来は不透明である。今後北朝鮮はどのような道を辿るのであろうか。

 

そんな時、この金正恩体制スタートを呪うかのような不吉な出来事が発生した。韓国の北朝鮮人権団体が、消息筋からの情報として次のような事態をリポートしたのだ。

「北朝鮮北東部、咸鏡北道の清津市で最近、正恩体制を中傷するビラが大量に見つかった。ビラには『金正恩打倒!』『金正恩体制では北の未来がない』などと記されていたとされる」

 

このビラが見つかったのが咸鏡北道の中心都市清津市であることに、実は深い意味が隠されている。清津市のある咸鏡北道とは北朝鮮の北部にあり中国、ロシアと国境を接する地域である。そしてこの地は、金正恩の父であり金正日の生みの母、金正淑の生まれ故郷があり、金一家にとっては特別な地域なのである。その地で、金正淑の孫である金正恩に反対するビラが撒かれたのである。それは金正恩体制の足元からの揺らぎを示すものではないのか……。北朝鮮ウオッチャーたちの一部は、色めき立った。

 

それにしても何故咸鏡北道なのであろうか。

 

実はこの咸鏡北道の位置にも深い関わりがあるのだ。先にこの地は中国、ロシアと国境を接していると書いたが、それはすなわち中国、ロシアから大量の情報が流れ込んでくることを意味している。そして情報のみならず“経済交流”もまた盛んなのである。貧窮する北朝鮮人にとって、中国、ロシアは。脱北の道として、そして出稼ぎで金が稼げる場として、麻薬、金、骨董品、偽ドル等の“輸出先”として、また、なにより生活物資としての商品の供給地として、この地に住む人々の生活を支えてきたのである。

 

私はこの咸鏡北道に接する、中国吉林省延辺朝鮮族自治州で多くの北朝鮮脱北者と接触してきたが、彼らのほとんどは出稼ぎ者、いわゆる“経済難民”であった。すなわち、中国で金を稼ぎ故郷に残した家族の生活を支えるために“脱北”してきた人々であった。そして彼らは、中国で商品経済を体験し、中にはその経験を生かして帰国後商売を始めた人も多かった。

 

また延吉の中古品市場で買い物に来た北朝鮮人とも多く出会った。彼らはここで衣料品、靴、生活雑貨、電化製品などを仕入れ北朝鮮の自由市場で売るのだ。だから、この中古市場を訪れていた。延辺はまさに北朝鮮の咸鏡北道を支えていたのだ。

 

咸鏡北道の中朝国境地帯は、北朝鮮で最も自由市場の発達した地域である。20027月1日、金正日総書記が発表した「経済特別措置」、いわゆる「7・1措置」は自由市場の隆盛に追い風となった。

 

私は脱北者に依頼して国境地帯の会寧という街の自由市場を隠し撮りしてもらったことがある。そこに映っていたのは、粗末な屋台の上に中国製品が山のように積まれ、食料品も溢れる様子が映っていた。市場の片隅には小さな食堂があり、そこでは人々が鍋を囲んだり、ラーメンのようなものを食べたりしていた。市場は活気に溢れ、それは中国延辺自治州の田舎の市場とほとんど区別がつかないほどであった。

 

その中に今も記憶に残る印象的なシーンがあった。市場の外れに人々が群れをなしている場所があった。その中心にあったのはアイスクリーム売りの姿だった。小学生から子供を背負った母親まで、こぞってアイスを買い求めていた。つまりそこにいた人々は、アイスクリームという嗜好品を買う金があったのである。

 

そしてカメラは近くに腰かけ、アイスクリームをほうばる一人の男を映し出した。その男の胸には金日成バッジが輝いていた。つまり彼は労働党員だ。人民を苦しめる邪悪なイメージのある北朝鮮の労働党員がそこでは単なる好々爺に過ぎなかった。自由市場が興隆したこの時期、私が垣間見た北朝鮮は束の間の“春”を楽しんでいたように思える。

 

しかしこの“春”は長続きはしなかった。中国からの大量の情報の流入が、独裁体制を脅かすことを危惧した金正日は、再び自由市場を閉鎖したのである。この措置は咸鏡北道の人々の胸に大きな恨みを残した。それに追い打ちをかけたのが、2010年のデノミと中国人民元の没収である。これにより彼らがせっせと溜め込んだ財産は、あっという間に紙くずになってしまったのである。

 

そして、この政策を主導したのが金正恩だった。そのことを知った咸鏡北道の人々の心の中に、金正恩に対する恨みが湧きあがったことは容易に想像できる。今回の金正恩批判のビラはそうした咸鏡北道の人々の“恨(ハン)”の表れなのではないであろうか。

 

(続く) 

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