小野登志郎のブログ

出版・ウェブの制作会社(株)小野プロダクション代表で、ノンフィクション・ライターの小野登志郎です。徒然にゆる~く書いていけたらと思ってます。

【電子書籍市場の現況などについて、太田出版書籍部編集長の村上清さんに聞きました】

――(小野登志郎)先ごろ楽天が電子書籍に本格参入というニュースがありましたが、この件について、既存版元としてはどう考えますか? 

村上清「もう定着しつつある認識だとは思いますが、電子と紙のどちらか一方が勝ってもう一方が負ける、ということはないでしょう。両方勝つか、あるいは両方負けるか。媒体の違いやアマゾンVS楽天云々よりも、「今の社会にいる読者がお金を出してでも欲しくなる日本語の情報あるいは物語を、今の生産側が提供できているか」のほうが、共通して、そして依然として最も重要だと思います。
 そこに貢献する役割を全うできていれば電子市場がどうなろうが大丈夫、全うできてなければ状況論を語る以前にそもそも大丈夫じゃない、と。出版業が「崩壊」しているとすれば、少なくとも電子書籍以前からその理由は存在していると考えたほうが間違えない気がします。原発問題が3.11以前から存在していたように。

――(小野)日本のサブカル漫画の雄である太田出版の漫画は、世界で高い評価を受けていると聞きます。実際、どのような形で評価され、そして販売実績、どれほど儲かっているのか? そして今後どのように展開していくことになるのでしょうか? 

村上「海外ではいわゆるアート、美術的出版物の一種として受け止められている印象です。なので、絵が「綺麗」な人はもちろん評価されやすい。アート本として見れば、漫画ほど低価格で高品質の絵を大量に楽しめる媒体は存在しないでしょうから。日本だとエロ/グロと扱われるような絵柄の作品が、海外では美しい、個性的、ときちんと評価される懐の深さを感じることもあります。
 ただ一方、ギャグ漫画など、絵の「綺麗さ」以外の、漫画ならではの魅力に対する評価の懐は、逆にあまり深くないかもしれません。この傾向はしばらく続くのではないでしょうか。

――(小野)上記に関してもそうですが、急成長するアジア、特に中国に対する漫画、書籍販売の本格化はいつ頃になりそうですか? 

村上「いつ頃、ということは明確に予測できませんが、ベトナムでの『ドラえもん』人気を例に出すまでもなく、アジアの文化としてはある意味、すでに本格化してるとも言えるかと。海賊版横行が一時にくらべだいぶ減少し、正規ライセンス意識が確立しつつあるのも大きいでしょう。ただ、人口何億人だから何億部、という正比例的な考え方自体が、不可避的に「翻訳」「読解」作業が発生する漫画や書籍などの表現物とは馴染まないと思います。企業や行政ではなく突出した個人の発想する、K-POP並の現地ローカライズ方法論が必要になってくるのでは。

――(小野)日本的になお笑いは世界に通用しないと言いますか、一般的にお笑いのセンスはその国によって違うから難しいとは思うのですが、でも、もしかしたら世界共通の、普遍的な「お笑い」というものもあるかもしれませんよね?

村上「世界共通の笑い、というと、いわゆる”アクションと表情で見せる子供向けギャグ”となりそうですが、実際はそれだけでは難しいと思います。コマとコマの間(ま)のタイム感だけでも国によって好みが違いますし。世界マーケットの物語、ということでいうと、ハリウッド映画のほうが参考になるかと。
 アクション、ラブ、ギャグ、善悪対決のバリエーションに至る膨大な蓄積。ただ、日本でこの近年洋画が異常に苦戦していることを考えると、今後は漫画も洋画も最初から普遍を志向するよりも、足元のローカライズにエネルギーを注いだほうがじつは近道かと」――(小野)なるほど、太田出版書籍編集長としての今後の展開、展望についてはいかがですか?

村上「とにかく、『毒』か『薬』のどちらかにはなる本、そして理想的にはそのどちらにもなる本を出しつづける、それだけです。難しいですが……」

――(小野)太田出版は今まで「毒」と「薬」の本を作り続けてきましたよね。会社としてではなく、村上さん個人が考える今後の「毒」と「薬」の理想的な形な書籍とはなにか。もう一歩お教えくださいませ(笑)。

村上「前提として『毒』=ネガティヴで暗い本、『薬』=明るくポジティブな本、とはまったく思っていません。いずれにしろ、ありきたりですが、その本から新しい言葉が生まれる書籍、でしょうか。その言葉がそれこそウィルスのように人口に膾炙して、もともとの出所がもはや曖昧になるくらいに。書名でも中の人物の台詞でもいいし、新語造語でなく古い言葉の再利用でもいい。その時代の気分(無意識、感覚)をつかまえる言葉は必ずどこかに存在するはずだし、そもそも見えなかったものに形を与えるのが本や雑誌の仕事だと。
 その意味で、最近の流行語大賞が単に『その年に売れた商品名のリスト』みたいになってしまったのは不満です(昔は好きで本当によく見てました)。本当に力のある言葉は金よりも動くスピードが早いと思っているので。そういう言葉の生まれる場所に立ち会っていたいです」
(終わり)

(有料メルマガhttp://www.mag2.com/m/0001552211.html に掲載した記事です)

■『わたし(北朝鮮に詳しいジャーナリスト・浪城暁紀)が出会った「普通」の北朝鮮人』① (構成・小野登志郎)

 


●中朝国境地帯で垣間見た北朝鮮

 

――はじめに―― 北朝鮮金正恩体制の将来に暗雲を投げかける「金正恩打倒!」ビラ

 

2012415日、北朝鮮で金正恩が労働党第一書記に推戴され、権力の三代世襲が確定した。金正日亡きあとの北朝鮮の新体制はスタートすることはしたが、その将来は不透明である。今後北朝鮮はどのような道を辿るのであろうか。

 

そんな時、この金正恩体制スタートを呪うかのような不吉な出来事が発生した。韓国の北朝鮮人権団体が、消息筋からの情報として次のような事態をリポートしたのだ。

「北朝鮮北東部、咸鏡北道の清津市で最近、正恩体制を中傷するビラが大量に見つかった。ビラには『金正恩打倒!』『金正恩体制では北の未来がない』などと記されていたとされる」

 

このビラが見つかったのが咸鏡北道の中心都市清津市であることに、実は深い意味が隠されている。清津市のある咸鏡北道とは北朝鮮の北部にあり中国、ロシアと国境を接する地域である。そしてこの地は、金正恩の父であり金正日の生みの母、金正淑の生まれ故郷があり、金一家にとっては特別な地域なのである。その地で、金正淑の孫である金正恩に反対するビラが撒かれたのである。それは金正恩体制の足元からの揺らぎを示すものではないのか……。北朝鮮ウオッチャーたちの一部は、色めき立った。

 

それにしても何故咸鏡北道なのであろうか。

 

実はこの咸鏡北道の位置にも深い関わりがあるのだ。先にこの地は中国、ロシアと国境を接していると書いたが、それはすなわち中国、ロシアから大量の情報が流れ込んでくることを意味している。そして情報のみならず“経済交流”もまた盛んなのである。貧窮する北朝鮮人にとって、中国、ロシアは。脱北の道として、そして出稼ぎで金が稼げる場として、麻薬、金、骨董品、偽ドル等の“輸出先”として、また、なにより生活物資としての商品の供給地として、この地に住む人々の生活を支えてきたのである。

 

私はこの咸鏡北道に接する、中国吉林省延辺朝鮮族自治州で多くの北朝鮮脱北者と接触してきたが、彼らのほとんどは出稼ぎ者、いわゆる“経済難民”であった。すなわち、中国で金を稼ぎ故郷に残した家族の生活を支えるために“脱北”してきた人々であった。そして彼らは、中国で商品経済を体験し、中にはその経験を生かして帰国後商売を始めた人も多かった。

 

また延吉の中古品市場で買い物に来た北朝鮮人とも多く出会った。彼らはここで衣料品、靴、生活雑貨、電化製品などを仕入れ北朝鮮の自由市場で売るのだ。だから、この中古市場を訪れていた。延辺はまさに北朝鮮の咸鏡北道を支えていたのだ。

 

咸鏡北道の中朝国境地帯は、北朝鮮で最も自由市場の発達した地域である。20027月1日、金正日総書記が発表した「経済特別措置」、いわゆる「7・1措置」は自由市場の隆盛に追い風となった。

 

私は脱北者に依頼して国境地帯の会寧という街の自由市場を隠し撮りしてもらったことがある。そこに映っていたのは、粗末な屋台の上に中国製品が山のように積まれ、食料品も溢れる様子が映っていた。市場の片隅には小さな食堂があり、そこでは人々が鍋を囲んだり、ラーメンのようなものを食べたりしていた。市場は活気に溢れ、それは中国延辺自治州の田舎の市場とほとんど区別がつかないほどであった。

 

その中に今も記憶に残る印象的なシーンがあった。市場の外れに人々が群れをなしている場所があった。その中心にあったのはアイスクリーム売りの姿だった。小学生から子供を背負った母親まで、こぞってアイスを買い求めていた。つまりそこにいた人々は、アイスクリームという嗜好品を買う金があったのである。

 

そしてカメラは近くに腰かけ、アイスクリームをほうばる一人の男を映し出した。その男の胸には金日成バッジが輝いていた。つまり彼は労働党員だ。人民を苦しめる邪悪なイメージのある北朝鮮の労働党員がそこでは単なる好々爺に過ぎなかった。自由市場が興隆したこの時期、私が垣間見た北朝鮮は束の間の“春”を楽しんでいたように思える。

 

しかしこの“春”は長続きはしなかった。中国からの大量の情報の流入が、独裁体制を脅かすことを危惧した金正日は、再び自由市場を閉鎖したのである。この措置は咸鏡北道の人々の胸に大きな恨みを残した。それに追い打ちをかけたのが、2010年のデノミと中国人民元の没収である。これにより彼らがせっせと溜め込んだ財産は、あっという間に紙くずになってしまったのである。

 

そして、この政策を主導したのが金正恩だった。そのことを知った咸鏡北道の人々の心の中に、金正恩に対する恨みが湧きあがったことは容易に想像できる。今回の金正恩批判のビラはそうした咸鏡北道の人々の“恨(ハン)”の表れなのではないであろうか。

 

(続く) 

http://www.mag2.com/m/0001552211.html で連載中です。

 

単なる個人的な観念に過ぎませんが、わたしは一人の日本人として、日本の隣国である韓国、北朝鮮、中国・台湾について、政治経済や軍事といった大上段で見るだけではなく、底辺に生きざるを得ない人々の流れからも、日本を含めた東アジアという地域を捉えていきたい。そう考えて取材、執筆してきました。

 

例えば日本の暴力団やマフィアという社会問題とは即ち、今や東アジアの底を流れる闇に他ならず、東アジアを考えるには、この問題群から目を逸らすことは出来ないと考えます。

 そして、この漆黒という他ない闇とは真逆であると考えがちな芸能界という輝かしい光は、そうであるからこそ、闇と交わることもあり得ます。グローバル化した東アジアの芸能界が、この光と闇と無縁であることは出来ず、また、単純な善悪で裁断することは出来ないとも考えます。

 いったいに、実態とは多面的な要素を含んでおり、その事実とは複合的な視点から見る必要があるでしょう。そして、わたしに出来ることとは、その多面的な要素からなる実態を可能なかぎり自分自身で調べて、一つの視点として提示するに止まります。一個人が客観的・全体的であろうとする努力と、多面体である事実に対する個人の知り得る絶対的なる限界は、常に衝突を繰り返すのです。その意味において、個人が主張する中立とは原理的に存在し得ず、むしろ、中立・客観をむやみに強調する人間を、わたしは信用することは出来ません。

 

わたし個人が言えること、出来ることとは「それでもなお」可能な限り客観・中立であろうと努力するということであって、自分自身が客観・中立であると主張することは、もの書きのはしくれとして、ただの一度もありません。

 自然科学ではない、社会的事象に対する個人の無力さ、すなわち個人には原理的に不可能な中立・客観ということに対するわたしのスタンスとは、ただただ、一つ一つの証言や資料をかき集め、そして書き遺していく作業を続けるということになります。

 そして、個人ではない社会的な意味における中立・客観とは、ついに「社会的な力」によって決定されていくことでしょう。社会的な力とは権力であり、権力とは、国家や大資本はもちろんのこと、大学という権威、法的な知識や文化的素養ということになりますか。このいずれの権力にも疎外された人々の中立・客観は消し去られてしまうというのが、古今東西のならわしであると言えるでしょう。

 例えば、日本の人々はあまねく公に中立・客観を叫ぶことが出来ますが(もちろん権力の無い日本の人々の声は小さいですが)、北朝鮮の人々のほとんどは、何一つ中立・客観を心の底から叫ぶことは出来ません。彼ら彼女らの本当は叫びたい心の声を、中立・客観としてではなく、事実として提示することは、わたしがやりたい仕事の一つでありました。中国もまた同じですね。

 既にグローバル化した日本を含めた東アジアですが、韓国、北朝鮮、中国の人々と同じく、日本人の少なくない人間が、今の東アジアから取り残されていることも、わたしは気掛かりです。これらグローバル化された東アジアから取り残された日本人の少なくない数が、嫌韓、嫌中を叫びむやみに敵視します。わたしは、その主張の全てが間違いだとは毛頭思わないのですが、ではいったいに、真面目に、真摯に生きている韓国や中国の人々と交わることをやっているのだろうか、そう思います。

 日本を含む東アジアがグローバル化したからこそ生まれる排外主義とは、東アジアの各国それぞれが抱える、グローバル化から取り残された人々の叫び、とも受け取ることは可能ではあります。パスポートすら持っていないアメリカ人は全国民の半数に上り、それでいて世界の中心はアメリカだと信じ切っているという話を聞いたことがありますが、海外に出たことも無い日本人、海外に出ることが出来ない日本人も数多くいることでしょう。それでいて、日本が世界で最も優れていると信じて疑わない。でも、やっぱり不安である。そんな彼ら彼女らの疎外感が、一気に排外主義に転化することは容易に推測できるということであります。

 かといって、わたしは排外主義に共感することはあり得ません。理解と共感とは別物であり、排外主義の原因を理解する作業とは、全くをもってそれを共感出来ないからこそ生まれるモチベーションに他なりません。排外主義の蔓延を防ぐためにこそ、排外主義の中身を理解するのだと言っても良いでしょう。

 この理解と共感の違い、そしてその相互作用が、わたしが時に取材執筆してきた事件や犯罪者、そして暴力団、マフィアだったりしてきたわけです。彼ら彼女らに共感することはあり得ません。しかし、彼ら彼女らを、可能な限り理解していきたいと思ってきたということです。



 困り者の他者や異物を敵視し、憤慨、罵倒することは簡単です。子供でもできます。

 

しかし、そんな他者や異物を理解し、もし可能であれば良き方向に導くこと、それができるのが本当の意味での大人であり成熟というものであるように思います。 

 

 日本のインテリ層の少なくない数の人間は、自らをポスト・モダンとしつつ、韓国をモダン、中国・北朝鮮をプレ・モダンと呼んだりします。要するに隣国諸国を遅れた国として見るわけですね。正直に言えば、その構図は、大方そういうものだろうとわたしも思います。

 

 しかし、こういった日本人の東アジアに対する上から目線は、今後、もはや何ももたらすことは無いでしょう。観念ではなく身体的なレベルで、東アジアと格闘していくことができない日本人は、どんどんと遅れていっていく。そうわたしは、考えています。

 

 格闘すると言っても、日本人が韓国化したり中国化したりすれば良い、ということではありません。もちろん北朝鮮化するなんてもっての他です。

 

 わたしは、日本を含む東アジアの激しい変化そのものに興味を持っています。例えば中国の民主化、北朝鮮金王朝の崩壊、朝鮮半島の統合などです。そして、日本とこれら隣国との歴史的和解を夢見たりします。

 

 いずれも、空想じみていると思います。現実を知れば知るほど、望みは薄くなる一方です。

 

 しかし、最初に書いたように日本を含む東アジアの人々の流れは、もはや止めることはできません。政治経済や体制、軍事といった大上段ではなく、具体的な人の流れという視点から眺めると、やはり東アジアは違って見えてきます。例えば、北朝鮮の脱北者から見た東アジアは、日本人の多くが考える静的なそれではなく、まさに濁流と呼ぶべきものでしょう。

 

 6年もいて中退した学生時代、わたしは主に西欧の哲学、思想にかぶれていました。で、たぶん今もそうです。

 

ですから、封建的・儒教的秩序を好む親中、親韓の人々ともだいぶ意見が違います。なかなか話が折り合いません。そもそもからして、かみ合ってすらいないことの方が多いかもしれません。

 

 こういった、いつまでも埋まらない日本を含む東アジアの齟齬が、これからどうなっていくのか。どう関わっていくべきなのか。少しずつ考えていきたいと思っています。

 














 東京地裁で行われている裁判、C-JeS側の準備書面に『週刊文春』(平成24年6月21日号)に掲載された、エイベックス松浦勝人社長と沢尻エリカのドラッグ(ハーブ)使用に関する記事が提出されていました。

 大方の予想通り、C-JeS側は「エイベックスのコンプライアンス基準」の矛盾について、突いたということでしょう。

 次回期日は7月24日。かなりスピードアップしています。


 有料メルマガ(http://www.mag2.com/m/0001552211.html)で、この裁判情報は随時伝えていこうと思っていますが、やはり無料でも読めるようにしなければならないと思っております。

 このブログでは、主に社会派・硬派系の記事を取り扱っていく予定ですが、文化・エンタメ情報の専門サイトもまた別に作成するよう、現在思案中です。

 ですが、この裁判はまさに「社会問題」であり、このブログでも広く伝えていきたいと思っております。

ブログ移転に関しての覚え書きといいましょうか、理由は単純に気分転換をしたかったということですね。また、アフィリエイトやアドセンスというものが、いったいどうなるのか試したかったということもあります。

 現在は紙からネットへ、の時代からネットから紙へ、の時代の移行期にあるように思います。既にだいぶ前からそうなっている分野、内容はありましたが、わたしが主に書いてきたノンフィクションという分野も、部分的にではありますがネットが先行する事態になってきたように思えます。

 インターネットで何が発信出来るのか? かなり遅いのかもしれませんが、いろいろと試して行きたい。そう思っています。


ただし、前のブログで図らずも陥ってしまったことですが、社会派・硬派系ノンフィクションと、文化・エンタメ情報の混淆は避け、区別化を図っていきたいと思っています。読者の皆さまの関心が余りにもかけ離れているため、書く方のわたしも無駄に四苦八苦してきたように思えるのです。

 わたしとしては、社会派もエンタメも底に流れているのは同じであり、区別して考えることは出来ないと考えるのですが、その考えを強引に押し進めることで、あらぬ混乱を招くこともあり、今後は少し気を付けたいと思っています。

 人の考え方はまさに千差万別であります。当たり前ですがわたし自身、その中の一人であり、「私的」であることは免れることはできません。


この新しいブログでは、わたしなりの筋や信念なりを通しつつも、他人さまの考え方というものとお付き合いしていくという、物書きとしての原点を、今一度考え直しながらやっていきたいなと思っています。


皆さま、どうぞよろしくお願いいたします。


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