小野登志郎のブログ

出版・ウェブの制作会社(株)小野プロダクション代表で、ノンフィクション・ライターの小野登志郎です。徒然にゆる~く書いていけたらと思ってます。

▼第Pre04-号
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                       2012/07/26
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  ノンフィクション・ライター小野登志郎のメールマガジン
    ~牡羊座が見たディープな出来事とスターたち~
Vol.pre04その1

毎週木曜日発行
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【今週の目次】
1.『兵役 韓国青年男性と韓流スター』
2.『わたしが出会った北朝鮮人』
3. 『韓流ドラマから見た北朝鮮』
4. 『極私的・最先端萌えコンテンツ事情』(編集・中村直人)
5. 『中国・台湾の芸能最新事情――日本に「台流」ブームは来るか』(松野幸志)
6. 『ジャニーズ戦略の今と未来』(KAZMA)
7. 『高橋ユキのややこしい話と人々たち』(高橋ユキ)
8. 小説『名をば捨てよ――武田信玄暗殺計画』(横山茂彦)
9. 『あわいの小骨』短編小説『イルカ』(伊藤螺子)
10. 『松田健嗣の建築よもやま話』(松田健嗣)
11. 『東方神起とJYJについて』 「幻」と消えてしまったJYJジュンス単独コンサート
12. 『続・龍宮城 果てしなき日中闇のオセロゲーム』
13. 編集後記

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11.『東方神起とJYJについて』

(第1回)

 下記の契約書を初めて読んだ時、衝撃を受けた。いったいどのように解釈をしてよいのか。今でもはっきりとは分からない。

「エイベックス・マネジメント株式会社(以下「甲」といいます)と、C-jeS ENTERTAIMENT CO.,LTD(以下「乙」といいます)とは、乙に所属するアーティスト『本名:KIM JAEJUNG、本名:KIM JUNSU、本名:PARK YOUCHEON』(個人であるとグループであると問わず総称して以下「本件アーティスト」といいます)の録音録画活動、著作物創作活動及び芸能活動等に関し、次の通り合意し、専属契約(以下「本契約」といいます)を締結するものとします」

・第29条(特記事項-2)
「万が一、グループ実演家『東方神起』の構成メンバー「本名:SHIM CHANGMIN、本名:CHUN YOUNHO」が、S.M.ENTERTAINMENT Co.,Ltd及びその系列会社と契約関係が終了(解除を含みます)し、レコード会社、芸能プロダクション又はモデル事務所等に属さなくなった場合において、甲が当該2人と契約することを希望する場合は、甲は、乙及び本件アーティストと協議の上、当該2人と専属契約について協議・交渉・締結するものとします。尚、当該2人が乙の所属アーティストとなった場合においても、甲が乙と当該2人に関する契約を希望する場合は、甲乙別途協議の上、別途書面を取り決めるものとします」

 この契約書の内容を理解するには、少し時間が掛かりそうだ。ゆっくりと考えてみたいと思う。

「本題」に入る前に、少し長いが、わたしなりに考えた彼らのことを、書いておきたい。

 東方神起事態と呼ばれる事象を調べるにあたり何度も考え込んだ。

 わたしが東方神起とJYJのことをきちんと書くことに何か価値があるのか。

 いや、そもそもその必要があるのだろうかと。

 つらつらと考えるに、彼らは今までの日本の、そしてアジアのエンターテインメントの歴史書を文字通り書き換えてしまったと思っている。それも大幅に。

 しかし、あまりにも不確定な噂や「真実」が飛び交っている。まさに混とんの中にあった。いまだ現在進行形のこの事態を調べ切ることはいろんな意味で難しい。世界の図書館に収まってしかるべき書物は、今はまだ作るべき時期ではないのかもしれない。そう感じてもいた。

 とにかく、何度も何度も彼らの映像を見返した。五人の東方神起が生み出してきた静と動。というよりもまさに「劇」的なインパクト。若い圧倒的な感情を爆発させるその表現力は、ただただ凄まじいという他はなかった。彼らのパフォーマンスを真剣に真正面から見据えたのならば、震えない者はいないはずだ。

 現在、五人の東方神起から離れたJYJが所属する事務所「C-JeSエンタテインメント」は、彼らが最初に専属契約を結んだエイベックスと裁判で争っている。

 最新の裁判資料によると、C-JeSエンタテインメントの代表である韓国人、ペク・チャンジュ氏は、2012年6月16日、「JYJ」との出会いについて、下記のように陳述書を東京地裁に提出している。

「私がJYJのマネジメントを行うようになったのは、私の弟とキムジュンスの弟(原文ママ、筆者注)が大学のルームメイトだったことから、JYJの3人がS.M.エンタテインメント(以下「S.M.」といいます)から離れて、独自に芸能活動を行いたいという相談を受けたことがきっかけでした。その後、JYJのS.M.に対する仮処分の決定が出されて、JYJがS.M.とは独自に芸能活動を行うことが認められたことから、私は、JYJの芸能活動に協力することとなりました」

 また、ペク・チャンジュ氏の陳述書は続く。

「当社(C-JeSエンタテインメント 筆者注)は、2010(平成22)年2月26日、JYJの日本における活動に関し、エイベックスとの専属契約を結びました。もともと、JYJのメンバーの3人は、東方神起というメンバー5人のグループで活動していました。東方神起は、韓国の大手芸能プロダクションであるS.M.に所属し、日本における活動については、S.M.とエイベックスとの間で専属契約が結ばれていました。

 ところが、2009年、JYJの3人がS.M.との長期にわたる専属契約が無効であるとして、S.M.との専属契約の効力を停止する仮処分を申請し、JYJの申立を一部認める仮処分決定が出ました。その後、当社はJYJのエージェントとして業務を遂行してきましたが、エイベックスから先に当社に対して、専属契約を締結したいと強く要請してきました。この時点で、エイベックスは、JYJとS.M.との専属契約の効力を停止する仮処分決定により、当社と専属契約を結ぶことによって、JYJの日本におけるマネジメントを行うことを選択したのです。

 当社としては、JYJがエイベックスのマネジメントにより日本で活動することとなった場合、当然S.M.がエイベックスに圧力をかけるなどして妨害にくることが予測されましたので、エイベックスに対し、S.M.の妨害に屈せず日本で芸能活動ができることを保障してくれるよう求めました。

 この要求をエイベックスが受け入れ、専属契約書第15条(1)の1において、「S.M.ENTERTAINMENTCo.,Ltd及びその系列会社を除き、如何なる第三者からも何ら拘束又は異議申立てを受けることなく、本契約を自由且つ有効に履行し得ること」を保証することが明記され、また、同条(2)3においても、エイベックスが、『S.M.ENTERTAINMENTCo.,Ltd及びその系列会社が、日本国内における(日本市場に向けた)本件アーティストのアーティスト活動を邪魔又は阻止する一切の行為を防止するために必要なすべての措置を甲の裁量及び費用で行うこと』と明記されました」 

 先に書いた契約書と同じように、東方神起事態に興味の無い方には、ペク・チャンジュという人物のこの陳述が、何を意味するのか、また、そもそもいったい何が書かれているのか、まったく分からないことだろう。

 どうしようもなく複雑に絡み合ってしまった糸を解きほぐすことは容易ではない。彼らのファンに対してならばともかく、そうではない多くの人に伝えるにはどうしたらよいのか。わたしはこの間悩み続けていた。

「切なくなってしまいますね……」

 何気なく聞いた、あるファンがつぶやいた言葉。少しずつだが、東方神起事態のことを理解してくるにつれ、この言葉がわたしの心の片隅から広がっていった。五人が一緒だった東方神起の歌声を聴くことがだんだんと辛くなり、しかしそれとは裏腹に、また別の新しい心が暖まっていき、優しい気持ちで満たされていく。

 起承転結がある彼らのディスコグラフィ。深い喪失と挫折、混乱、混沌、そこからの回復、出発、そして躍動、力強い生命力。人間の善性のみならず、どうしようもなく存在するダークさも醸し出す曲目もある。誰も到達したことのない高い地平へと到達し、そして熟成される途上、彼らは離れ放れとなってしまった。

 しかし、彼らが歌った楽曲の中に、今もなお煌めき続ける言葉たちがある。例えば、『Bolero』を聴いてみよう。

聞かせて 愛しく 儚く
つま先で 奏でるBolero
舞い上がれ 君も悲しみも
癒される場所 見つけるさ

そして『スタンドバイユー』だ。

君は何処にいて 誰と何処にいて
どんな服を着て 何して笑ってるんだろう?
僕はここにいて 今もここにいて
君とふたりでまた 会えると信じているよ

また『明日は来るから』には、こうある。

雨降るときには君の傘になろう
風吹くときには君の壁になろう
どんなに闇の深い夜でも
かならず明日は来るから

 彼らのバラードは、分裂から時が経つほどにつれ、その価値をもっともっと高い地平へと押し上げていくことだろう。

 東方神起事態の背景では、世界各地で胎動する資本のグローバリゼーションとナショナリズムの角逐がある。先述したように、この極めて複雑でドラスティックな状況を同時代的に克明に記すことは、かなり困難な作業になる。

 しかし、少なくない数のファンは、既に気付いていたようだ。このアジアと世界の激変の中、彼ら五人が躍動していることを。

 そしてなによりも、時代の先端を雄々しく、優しく、深い絆を温め合いながら切り開いていった五人の東方神起が、その彼方先で出会った、信じがたい苦難と苦痛を。その事実だけでも書き残す価値はあるだろう。

 そして、部外者のわたしから見れば、ファンたちもまた、時代に対する紛れもない目撃者であると同時に、自分たちが考えている以上に当事者そのものだったように見えてならない。

 だいぶ後になって気付いただけでしかないが、東方神起事態とは、まさに驚くべく「事件」だったと思う。わたしは自分の無知を恥じ、そして本書の出発点は、そこにある。

 彼らの楽曲を初めて聴いた時、わたしは、敢えてその感動を自分の意識から消したように思える。今思えば、それは彼らの歌唱の力に、ただただ圧倒されたからなのかもしれない。彼らの歌を聴き、このような照れ隠しのような複雑な感情を持つ男は、実は少なくないだろう。

 しかし、わたしのような偏屈な頭を持つ一部の人間たちとは次元の異なる領域で、かつてビートルズが超えようとした国境を、東方神起と彼らのペンたちは、軽々と超えていき、そして激突していった。

 本文は東方神起の五人と彼らのペンたちが、それこそ手を携えして行った彼方先の、ずっとずっと後ろから、少しずつ追いかけていくロードムービーでもある。

 彼らと彼らのファンたちが味わうこととなった切なさを、その欠片かも知れないが、わたしはこの後、少しずつだが共有していくことになる。それはただただ切ないが、しかし、わたしたちの今と未来が豊かに詰まってもいる。それは、力強くも優しい、かけがえのない宝物たちだと思っている。
(つづく)

(有料メルマガhttp://www.mag2.com/m/0001552211.html に掲載した記事に少し手を加えました)

(取材 北朝鮮に詳しいジャーナリスト浪城暁紀)(構成・小野登志郎)
 
■第一章 初めて豆満江越しに北朝鮮を覗く

 朝鮮族の住む町~延辺朝鮮族自治州延吉市

 私が北朝鮮取材の目的で延辺朝鮮族自治州の州都延吉市を訪れたのは2004年のことであった。目的は朝鮮族の友人の斡旋で脱北者に接触するためと、豆満江沿いに北朝鮮を「覗き見」することであった。

 1994年に白頭山取材のため初めてこの地を訪れて以来、10年ぶりの訪問であった。あの時はほとんど駆け足で通り抜けただけで市内のことは見ないままであった。

 その意味では延吉市を初めて訪れたに等しかった。ところがこの訪問には最初からケチが付いていた。実は中国はこの時SAEDS騒ぎの真っ只中であったのだ。この時は北京経由で来たのだが、北京はSAEDSの震源地であり、北京から来た人々には厳しい検疫が待っていた。我々を含む北京便の乗客は全員保険所に“連行”され、

 強制的に検査を受けさせられたのであった。結果は何事も無く放免されたのであったが、この時の中国政府の焦りを表す出来事でもあった。

 ともかく、何とか“無事”に延吉入り出来て安堵したことを記憶している。その日の午後、延吉の中心街を案内してもらった。延吉市の当時の人口は約36万人で、その6割が朝鮮族であった。看板には漢字とハングルが列記され、他の中国の町とは明らかに違う感じであった。

 延吉の中心部には西市場という大きな市場がある。ここは延吉市民の胃袋を支える食品市場を中心に、衣料、生活雑貨から電気製品まであらゆるものが売られていた。この西市場で商売をしているのはそのほとんどが朝鮮族で、市場には朝鮮語が飛び交っていた。売り子の多くは朝鮮族のアジュンマ(韓国・朝鮮語でオバサンの意味)で、彼女らは非常に活力に溢れていた。市場では音楽がガンガン流されていたが、その音楽のほぼ全部が韓国の人気歌謡であることを知るのは何度か訪れた後のことで、その時は、朝鮮語も判らず何の歌かも判らなかった。

 食品市場は特に活気に溢れていたが、肉売り場でギョッとさせられる光景に出くわした。台の上に何か動物が丸々一匹並べられているのである。近づいてみるとそれは牙をむき出した奇っ怪な動物であった。何匹も並べられていたが、その色が全部真っ白なので、 一体何の動物だろうと不思議に思った。朝鮮族の友人に聞と“犬”だという。全部が真っ白なので良く判らなかったが、よく見ると確かに“犬”である。その毛を抜かれて真っ白くなった犬達が“無念”そうな表情を浮かべて台の上に並んでいたのである。

 ところで中国では犬が普通に食べられている。また朝鮮民族は犬を好んで食べると言うことも知っていた。しかし丸々一匹が皮を剥かれて台の上に並べられているのを見ると、いろんな意味で鈍感なわたしでさえ、流石にひけた。

 後日、友人に誘われて犬肉料理の専門店に連れて行かれたが、台の上に並んだ犬の姿がちらつき、あまり食欲は湧かなかった。ソウル五輪の時、ヨーロッパ諸国から犬肉食を批判された韓国では、ソウルなどでも犬肉専門店を見つけるのは難しくなったが、ここ延吉では表通りに何件もの犬肉屋が営業しており、どの店も繁盛していた。延辺では犬肉料理は立派な食文化なのであった。

 また、魚売り場には驚くほど多くの種類の海産物が並んでいた。中でもカニは生きたまま水槽の中に入れられて売られていた。種類は毛ガニ、ズワイ、タラバで、値段を聞くとその安さに仰天した。延辺自治州には海は無いのにどこから仕入れるのかと不思議に思って聞いて貰ったら、ほとんどが北朝鮮から入ってくると言うのである。
カニだけではない、タラ、タチウオ、サバ、カレイ、イカ、タコなど、多くの海産物が北朝鮮産であった。北朝鮮は政府がその海産物の輸出を仕切っており、貴重な外貨獲得の手段となっていることが後に判った。

 延辺朝鮮族自治州では、北朝鮮は極めて近い国であることを始めて知ったというしだいであった。

 その夜、朝鮮族の酒の洗礼に会った。朝鮮族の友人の親戚の家に招かれたのだが、その家の息子と焼酎の飲み比べをするハメになってしまった。自分も酒はそれなりにいけるほうであったが、その朝鮮族青年の酒の強さは格別であった。焼酎のビンを4本開けたところで当方はノックアウトされてしまったのである。その夜、どのようにしてホテルに帰ったのかほとんど記憶に無い。

 以後、朝鮮族と焼酎の飲み比べをやるなどという無謀な試みをすることは一切無かった。

 こうして延吉市の第一夜は過ぎていった。

■中朝国境を流れる豆満江越しに北朝鮮を覗く

 数日が過ぎて、頼んでいた案内人と車の手配がようやく完了した。そして我々は国境の河、豆満江に行ける事になった。

 早朝、延吉の町を出発し豆満江に向かった。車は延吉と龍井の間の “高速道路”という名の自動車専用道路に乗り入れた。しかし、この“高速”は30分程で終わり出口のゲートが現れた。そこの向かい側には武装した軍人が車を一台一台チェックしていた。聞くと脱北者のチェックをしているのだと言う。ここでチェックに引っ掛かった脱北者は捕まり、専用の収容所に送られるのだという。脱北者の置かれている厳しい状況を垣間見る出来事であった。車は龍井の町に入っていった。ここは延辺自治州第二の町で、満州時代は日本の領事館が置かれており、戦前は日本人も多く住んでいたという。この町は日本で獄死した朝鮮人の詩人ユン・ドンジュンの生まれ故郷としても知られている。ソウルの名門延世大学の前身である延禧(ヨンヒ)専門学校の文科から日本の同志社に留学中、独立運動に関わった容疑で逮捕され、福岡の獄に繋がれていたが、終戦の僅か前に病死してしまう。戦後、彼の詩は評価され、その早すぎる死が惜しまれた。

 龍井の町を過ぎると車は山岳に差し掛かる。そして峠にさしかかると道の前方に山々が見え始めた。

「あれは北朝鮮の山だ」

 と朝鮮族の友人が教えてくれた。峠を越えて道をひたすら下ると、向こうのほうに並木のようなものが見えてきた。それは河岸に生えている木々だと教えてくれた。豆満江のすぐ近くまで来たのだ。その時、前方に軍用車と車止めのようなものが見えた。運転手が何かを叫んだ。

「辺防だ。カメラを隠して!」

 友人が私に注意した。辺防とは中国辺境防衛隊つまり中国の国境警備隊のことである。車止めのところに二人の兵士がいて車を止めチェックしていた。カメラを没収される怖れがあり緊張したが、兵士は運転手の身分証をチェックしただけで車内にいた我々の持ち物のチェックは行わなかった。車はそのまま無事スルーし、豆満江河岸へと向かった。

 そして、豆満江のすぐ側まで来て車を止めた。川幅は30mくらい、対岸は北朝鮮である。川沿いには家はほとんど無い。目測なので正確には判らないが、家は河岸から100mくらいのところに建っていた。見えるのは10軒ほどの集落で、その何軒かはテレビのアンテナのようなものが立てられているのが見えた。対岸では何人かの人が作業しているのが見える。他に動いているのが牛だと気づいた。彼らはどうやら農作業をしているようだ。やがて牛に犂を引かせて田んぼを耕している姿がはっきりと確認された。初めてみる北朝鮮の人々であった。

 先入観もあったのかもしれないが、その第一印象は暗い感じのものであった。対岸で農作業をする人々には活気というものがほとんど感じられなかった。しばらく見ていたが人々は河岸には近づかなかった。河岸に不用意に近づくと脱北の疑いをかけられるのかもしれないなどと思ったりした。実際、見渡せる限りの河岸に人影は無かった。

「あまり長くいては危ない」

 そう友人が言うので車を移動ささせた。しばらく車を走らせると河岸の側に中国国境警備隊の基地が現れた。ゆっくりと走る車の車窓から、訓練をしている兵士たちの姿が確認される。その基地の裏のほうに集落が見えた。その集落には商店や食堂があるというので、そこに向かい、昼食をとる事にした。

 運転手の案内で一軒の店に入った。運転手が言うには、豆満江で取れた魚を出す店だと言う。その運転手にお任せで注文してもらった。出てきたのは魚のてんぷら風のものだった。魚は何かは判らない。ワカサギのてんぷらのような味がしたのを覚えている。

 魚はワカサギよりずっと大振りだったが、味はそこそこであった。

 (つづく)

(文中「私」は浪城暁紀(仮名)氏 構成は小野登志郎です)

■浪城暁紀(なみしろぎょうき)。
「今年64になる正真正銘のお爺である。北朝鮮関連の専門家で現在も韓国と中国吉林省にある延辺朝鮮族自治州を頻繁に行き来している。韓流ドラマと韓国演歌をこよなく愛している。韓流アイドル『ビッグ・バン』のテソンが歌った『タバキヤ』と『ナエバ、ナエバギッスン』には“感動”した。ソウルや延吉の町で韓国人や朝鮮族の友人とノレバン(カラオケ)に行き韓国歌謡を歌うのが何より楽しみである」



(有料メルマガhttp://www.mag2.com/m/0001552211.html に掲載した記事です)

 2012年現在の時点での、日本全国の警察官による被疑者の取り調べに関して、わたしたちはどのように考えれば良いのだろうか。

 まずは、弁護士の篠原一廣さんに取り調べについての一般論を聞きました。

篠原一廣さん「捜査機関にとって、取調べが重要なのは、詳細な経緯についての自白を取れるか取れないかでは、公判で有罪となる可能性が大きく変わるからです。
 一方、逮捕・勾留されている被疑者にとっては、少しでも罪を軽くしようとして、または、自分がやっていないことで逮捕されていることから、捜査機関側の提示するストーリーを否定したり、全く事件に関する話をしなかったりということがあります。このときに、捜査機関が自白を引き出そうとあの手この手で被疑者に揺さぶりをかけるのです。

 この点、被疑者に対して暴力などを振るえば、刑法195条1項の特別公務員暴行陵虐罪が成立してしまうため、実際にこのような暴力が問題となることはほとんどありません(もちろん例外もありますが)。他方で、被疑者の精神状態に揺さぶりをかけることは頻繁に行われています。

 このような場合、刑事訴訟法上は、319条の自白の証拠能力として問題になります。同条は、「強制、拷問又は強迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない」という規定です。すなわち、せっかく捜査機関が苦労して自白調書を取ったとしても、この規定によって裁判官が任意性がないと判断すれば、供述調書を証拠として提出することができず、無罪となってしまう可能性さえ出てきてしまうのです。

 裁判上、任意性が否定された事情としては、以下のものがあります。
1 自白をすれば起訴猶予にするとの検察官の言葉を信じ。それを期待して自白をした場合
2 偽計によって被疑者が心理的強制を受け、その結果虚偽の自白が誘発されるおそれがある場合
3 警察官が暴力団を用いて家族に危害を加える旨の脅迫的言辞を用いて自白をさせた場合

 3などは論外ですが、2に該当するか否か微妙なケースも多数あります。私の経験でも、取調の際に被疑者の携帯電話を被疑者に提示し、電話帳を開いたうえ、「自白しなければお前が逮捕されていること全員に連絡する」などと言われ、やむなく自白したというケースがあります。

 捜査機関と被疑者だけの密室での取調であるため、そのようなやりとりがあったことを立証しなければならないところ、言った言わないの話であるため、立証が非常に困難です。このため、事案の性質上、このような取調になる可能性がある場合には、被疑者にノートを差し入れて、取調の後にやりとりを記録として残すようにさせます。

 また、更に難しいのは、被疑者の供述調書は複数作成されるのが通常ですが、例えば5通の調書が作成された場合に、2番目の調書は確かに強迫の影響があって任意性が認められないが、その他の調書はそのような事情がないから任意性が認められると裁判所が判断してしまうことがあることです。

 このような事情から、供述調書の任意性を争うことは、特に否認事件では頻繁に行われますが、実際に任意性が否定されて供述調書全てが証拠として認められないというケースはかなり限られているというのが現状です」



 また、二年半前まで神奈川県警国際捜査課の刑事だった、小川泰平氏(『現場刑事の掟』イーストプレス刊著者)に聞きました。

――(小野登志郎)一昨年大阪府警の若い刑事が、取調室で問題を起こしてニュースになりました。
今現在、全国の警察の取調室では、どのようなことが行われているのでしょうか?

小川泰平氏「あの件では、一旦略式起訴になったものを、大阪簡裁(西倉亮治裁判官)が略式命令は不相当と判断したようです。異例ですね。

 また、本件の被害者である35歳の男は、初公判の翌日に、1年前のパソコンの窃盗事件で逮捕されたようです。会社のパソコンを盗んだ容疑のようです。多分、質屋にグニ込んだのだと思います。何か、報復の様で嫌ですね。

 また、34歳の警部補は、当初、略式だったことから処分として、「減給処分」とにりました。懲戒処分の中で、三番目です。免職・停職・減給です」

――(小野) 減給処分というのは、ちょっと軽いのではないか、という声も聞こえているのですが、小川さん自身はどう思われますか?
 
小川泰平氏「私の個人的な感覚ですが、処分内容は相応だと考えています。懲戒処分というのは、『懲戒免職』『停職』『減給』『戒告』と4つあります。その中で3番目の『減給』なので、一般の方からみると軽い処分のように感じられますが、警察内部の処分には、懲戒処分の他に『訓戒』『本部長注意』『所属長注意』『本部長口頭注意』等々たくさんの処分があります。

これらの処分はすべて、警察官の身上記録に記載され消えることはありません。警察官を続ける限り、付いて回るものです。『懲戒免職は』一言でいうとクビですから、職を失うことになります。『停職』の者も、ほとんどの者は、自身から退職を申し出て職場を去っていると思います。『減給』の処分を受けた者の中でも職場を自ら去っていく者も大勢います。

 一般の方は、減給と言ったって100分の10、2か月とかの処分でしょう。たいしたことないじゃん、と思われている方がたくさんいると思うのですが、実際は目に見えない、厳しい前途が待っているわけです。

 減給自体は、数万円のことですから大したことはありません。ボーナスに関しても、1年間は減額になります。(10万円~20万円は違うと思います。その他にも、色々な面で「干され」てしまいます。まずは専務員からは外されます。今回の場合でいえば、刑事課の警部補の方ですが、刑事課からは間違いなく異動でしょうね。刑事課に
戻るには、数年を要します。早くて3年、10年以上戻らない人もいます)

 他には、昇任試験も受けることができません。また規定で受けることができる時期になっても、まず昇任試験に受かることはないでしょう。まだまだありますよ。本当に処分を受けると不利益をたくさん受け、大きな代償となるわけです」
  
――(小野)なので、小川さんは、減給処分で許してやれ、かわいそうだと?

小川泰平氏「私は、今回の事案に関しては、マスコミの報道の範囲でしか事情が分かりません。この警部補に同情をする気は全くありません。処分も相応だと思っていますし、簡裁で略式命令不相当というのも、受け入れるべきだと思っています。なので、かわいそうだとは思いません。ですが、取調室での取り調べ、刑事の取り調べ、に関して、一般の国民にも知ってほしい面が多々あります」

――(小野)映画やドラマではない、実際の刑事による取り調べとはどういったものなのですか?

小川泰平氏「最近の刑事ドラマは、警察隠語も多く、鑑識活動等も非常にリアルになってきており、感心しています。ですが、取り調べ室の様子や、取り調べの状況だけは全く違うんですよね。

 まずは、任意での事情聴取があります。任意での事情聴取といっても、被害者の場合や、単なる参考人の場合や、目撃者の場合もありますが、容疑者の場合は事情聴取といえども、実際は取り調べです。警察内部では、『被害者を落とせ』という言葉すら存在します。

 取り調べですから、当然、供述拒否権つまり、黙秘権もあるわけです。取り調べを行う前に、『言いたくないことは、話さなくてもいい』という旨を最初に相手に告げてから(話してから)取り調べを行うわけです。ですから、そんな簡単に、ペラペラと自分の犯した罪を認め喋る者は、そう多くはいません。ほとんどの者が、何だかんだと言い訳をして、認めようとしません。

 また、仮に犯行を認めても、動機の点で嘘を言ったり、物の処分先にかんして嘘の供述をする者もたくさんいます。さらには、共犯者のいる犯行だと、自分のことは喋っても共犯者のことになると、口を閉ざす者もたくさんいます。まだ何だかんだと、言い訳をする者らは良い方です。中には、最初から何も話さない者もいます。それを喋らせるのが、刑事の腕であり、それがプロだと思っています。

 結果的には『落とす』。でも、それに至る経緯には、一言では語れない凄まじい攻防があるのが実態です。
殺人事件や泥棒(窃盗)事件、また痴漢を犯した者に、

「あなた、○○さんを殺したんですか?」

「何で、殺したんですか?」

とか、

「人の家に侵入して空き巣をしたのは間違いないですか?」

「盗んだものは、どうしたんですか?」

また、

「何で痴漢をしたのですか?」

 なんて、お見合いじゃあるまいし、こんな甘っちょろい言葉では、喋りたいと思っている容疑者も喋らないと思います。

 取り調べも十人十色で、色々なやり方があるようです。最初から、ドカ~ンとドシャをかける刑事もいます。
最初は、淡々と取り調べる刑事もいます。私の場合は、最初から怒鳴ることは、まずありません。また、最初から事件のことを話すこともありませんでした。家族のことや、会社のこと等々、一見事件に関係のないような話をしますが、実はこれは、事件の取り調べにとっての大きな情報源となります。

 また、家族のことや職場のことを聞かれると、事件に関係ないので話すのですが、相手にとっては、結構プレッシャーになります。いろいろと、言葉のキャッチボールをしながら、短時間で相手の性格等を読み取り、攻めのタイミングを見計ります」

――(小野)本当に怒鳴らないのですか? そんなことはあり得ないように思えますが。

小川泰平氏「全く怒鳴ることなく落ちる容疑者もいますが、みんながそうではありません。時には、怒鳴ることもありました。まぁ、手を出すことは絶対にありませんが、机を叩くこともありました。『取調室』。ここは、刑事にとって『戦いの場』なのです。落として当たり前、落とせなかったら『恥』と思って仕事をしていました。

 私の場合は、怒鳴ると言っても、家族を滅茶苦茶にしてやる、とか、職場にガサかけるぞとか、そのような汚い取り調べをしたことは一度もありません。

 これは、フェアーでない、つまり取り調べのルール違反であると思ってます。

 もちろん事件の中には、職場にガサに行くこともありますが、喋らなければ、『家族に……』『会社に……』、
これは言ったらダメなんです。脅迫と言われても仕方がないと思います。ですが、落ちない被疑者(容疑者)、何も喋らない被疑者(容疑者)に対しては、相当失礼なことを言ったこともあります。

『本当に男なのか? 金玉付いてんだろ?』 

『お前、眠たいこと言ってんじゃないよ!』

『お前じゃなきゃ、誰なんだよ、言ってみろよ!』

『警察をなめるなよ!』

 等々、たくさんの暴言を吐いたかも知れません(苦笑)。痴漢の被疑者に対して、よく言った言葉があります。
先ほどお話した、『金玉付いてんだろ』もよく言いましたが。『お前、最低の男だな!』、『お前、痴漢何回やったんだよ、捕まらなかった時は、お前の勝ちだよ』、『今回は、お前の負けなんだよ、負けた時くらいはキチンと認めろ』

 これ、結構効果がありましたよ。ですが、これは誰のためでもなく、被害者の代弁者として私は怒鳴っていたつもりです。それと、被疑者自身のためにも怒鳴ってあげたつもりです。

――(小野)それはどういう意味ですか?

小川泰平氏「本当のことを喋らせ、更生させるのも1つの仕事と考えていました。ここで、落とせず、帰せば、この者は警察はチョロイもんだと思い、また罪を犯します。この者がこれ以上罪を犯すことがないように、という願いもあります。『落とす』ことによって犯罪の抑止にもなるし、被疑者の再犯も防いでいると自負していました。

 私は、これまで何百という取り調べを担当し、怒鳴ったことは数知れず、でも、訴えられたことは一度もありません。逆に、逮捕した後に、『刑事さんに怒鳴られて目が覚めました』、『クソミソに言われたけど、本当のことを言って良かったと思っています』と、感謝されたほどです。

 私は、退職した今でも、取り調べに多少の怒鳴り声はつきものだと思っています。私は現職時、取り調べ室で被疑者とともに、涙したこともあります。私も、被疑者も知らないうちに、涙が溢れていました。私は、被疑者の手を握り、『よく話してくれたな、辛かったな、俺がもっとうまく調べしたら、もっと楽に喋れたのに悪かったな、調べが下手で』。被疑者も私の手を、震える手で握り返し『ありがとうございます。私です。私がやりました』と喋って
くれたことがありました。

 否認していた被疑者が『落ちる瞬間』なんて、こんなもんですよ。否認していた被疑者が最初に発した言葉が、『ありがとうございます』ですよ、信じられますか。こんな経験は何度もあります。

――(小野)被疑者側の弁護士に対してはどのように接していたのですか?

小川泰平氏「私は三課(窃盗)と国捜(外国人犯罪)が長かったのですが、逮捕時から弁護士が選任されていることは、殺人事件等に比べると少ないのが現実です。でも、中には夜遅くまで警察署の外で取り調べ室の電気を確認していた弁護士もいました。弁護士の先生が、警察署の出入り口で待っていまして『今日は10時までですか~、頑張ってますね~、でもあまり無理はしないで下さいよ~』なんて、弁護士の先生に嫌味を言われたことも
あります。

 私は、時間の許す限り、自分の担当した事件の公判(裁判)には極力傍聴に足を運んでいました。第一回公判、第二回公判、第三回公判と、弁護士の先生とも毎回顔を会すわけで、最初は軽く会釈のみの挨拶なんですが、何回も会っているうちに、私の方から声をかけることも多かったです。

『先生、そろそろ本当の話をして、認めろって言って下さいよ』

『先生は本当のこと聞いてるんじゃないですか』

なんて言うと、最初は『あんた、何言ってんだ!』と、ちょっと怒っていた弁護士の先生も、『そうなんだよな、情状面で勝負した方がいいんだけどな』とか、逆に『サイタイ(再逮捕)あるの?』などと、探りを入れられたこともありました。結構、弁護士の先生とも仲良く楽しくやっていましたよ。

 昨年ですか、秋田県と横浜市で弁護士の先生が殺害されるという、本当に痛ましい殺人事件がありましたよね。例えば、この事件の被疑者が『知らない。やっていない』と容疑を否認した場合、『そうなんですか。 でも本当はあなたがやったんでしょう?』と、怒鳴ることもない、生ぬるい取り調べをヤレと言いますか? 同業の弁護士の先生方はどのように考えているのでしょうかね? 一度お聞きしたいくらいです。小野さん、今度弁護士の先生との対談、企画してくださいよ。私じゃ役不足だとは思いますが(苦)。

 実際に、ブツ(賍品。被害品の現金)の入っているコインロッカーの鍵を受け取ろうとした弁護士もいますし、『余計なことは喋る必要はない』と教える弁護士もいました。これは、被疑者が落ちた後に、弁護士の先生から言われたとの供述を得ました。

 また、否認している被疑者と弁護士が接見し、そのまま被疑者を『落して』しまい、接見後に、『小川さん、落ちちゃったよ! 話するって言っているから、直ぐに調べた方がいいよ!』と言われた経験もあります

――(小野)なるほど。今は取り調べの可視化が進んでおりますが、取調室も変わっていくのでしょうか?

小川泰平氏「そうですね。変わるんですかね。私としては、変わってほしくないと思っています。強い信念の基、刑事自身のスタイルで取り調べを行ってほしいと思っています。

 被害者の身内として考えてみて下さい。警察が、生ぬるい取り調べをしていることを望んでいるのでしょうか? そんなことを知ったら『私が代わりに取り調べをやる……』と思っている身内の方が多くいると思います。

 確かに、証拠主義であることは事実です。ですが、『自供は証拠の王様』と言われているのも事実です。

 証拠のない事件は沢山あります。自供を得てから、証拠を得ることが多いのも事実です。いわゆる裏付けです。

 日本全国、どこの警察の取り調べ室でも、怒鳴り声が聞こえているはずです。取調室から、怒鳴り声が聞こえないような警察は死んでいると思います。

 刑事課でも、『おーっ、今日は○○刑事、気合いが入っているな!』という感じでしか思われていないのが現実です。刑事も、1人1人調べ方(落とし方)が違います。最初から、大声でドシャをかける刑事もいれば、突然怒鳴る刑事もいます。刑事も、それぞれ作戦を考えて、戦いに望んでいます。

 昨年の大阪府警東警察署の警部補の取り調べが妥当だとは申しません。大阪の件では、刑事として言っちゃあいけないことを言っていますからね。

 ですが、取調室内での怒鳴り声=脅迫と一概に思われることを、非常に危惧しております。

 日本全国に、日本の治安維持のために、平和な日本のために、安心安全な街作りのために、日夜頑張っている若い非常に優秀な警察官が大勢います。そのような若い警察官が、保身に走り、弱腰になることだけは、避けてほしいと思っています」

――(小野)そうですね。でも、取り調べは脅迫ではない。あくまでも取り調べです。この線引きはいったいどうなるのでしょうか?

小川「取調室内での、怒鳴り声が、取り調べの範疇なのか? 脅迫なのか? この線引きは非常に難しいと思います。私は、可視化には賛成派なんですが、この辺の法整備は必要だと思っています。現場の刑事さんたちは、今後も信念に基づいて、より一層頑張ってほしいと思っています。と、いったような感じが、私が考えていることです」
(終わり)

 (有料メルマガhttp://www.mag2.com/m/0001552211.html に掲載した記事に少し手を加えました)

『週刊新潮』75日号に「興行主『破産』で吹っ飛んだ『KARA』公演始末」という記事が掲載されました。わたしのコメントも紹介されています。

 記事文中にある「KPOP IN 豊岡・神鍋高原」の興行元である株式会社アンフィニジャパンが倒産し、くだんのイベントが中止になった件ですが、450人分のチケット代が返金できないでいるという。詐欺だとの声が上がりましたが、韓流事情に詳しい業界関係者は言います。


「出演予定だった『KARA』など韓国のアイドル事務所は、アンフィニジャパンから出演料の前金50%をもらっていると思います。日本で行われるKPOPのイベントはほとんどがそうですから。だから、出演予定だった韓国の事務所側が、この前金を返金すればチケット代金を損した450人分のお金は集まるはずです。韓国事務所はアンフィニジャパンに返金すべきでは」


 またKPOPイベントを過去に行ったことがある別の業界関係者は言います。


「日本と韓国にまたがる『ブローカー』がもう本当にたくさんいて、これがまたとても怪しい。例えて言えば、日本の演歌歌手を温泉地で営業させる小規模の興行屋がいますが、KPOPに限らず韓流ビジネスに暗躍するブローカーは、この温泉演歌ノリで日本の興行会社にガンガン話を持ってくる。で、話が通れば『コミッション料』と称して出演料の1015%を抜いて後は我、関せず。数万人を集めるイベントと温泉じゃあ、話がまったく違うのに、もう向こうはとにかく儲けようとイケイケなんですよ」


 こういった悪徳ブローカーも問題なのですが、日本側にも問題はやはりある。そもそもアンフィニジャパン、いったいどんな勝算があって、このイベントを企画したのか分からない。あまりにも杜撰な結末です。こういうことが続くようだと、せっかく盛り上がったKPOP人気にも陰りが見えてくるかもしれない。

 少し脱線しますが、日本の「マネジメント」概念と韓国の「マネジメント」、「エージェント」概念の違いについて捕捉しておきたいと思います。何故ならば、これが、日韓の間で生まれる悪徳ブローカーの存在を許す原因となっているのではないか、と思うからでもあります。
 例えば東方神起から分裂した「JYJ」とCJeSエンタテイメントの契約関係についてですが、CJeSJYJそれぞれ個人とは、今は「マネジメント契約」を結んでいるということで、「エージェント契約」は、CJeSエンタテインメントとJYJそれぞれ個々人は結んでいないとのことです。


 けれども「JYJ」というグループとは、CJeSは「マネジメント契約」も「エージェント契約」も結んでいると聞きます。JYJファンの間で一時期混乱していたようですが、おそらくは、ジュンス、ユチョン、ジェジュンの個人活動に関しては、彼らが何をして誰と契約するかは、CJeSエンタテイメントは関知せず、彼ら個々人が決めたことを「マネジメント」するのがCJeSの仕事となるのでしょう。


 しかし、ここで難しい問題が発生します。日本の芸能界でいう「マネジメント契約」とは何かと、業界関係者に聞くと「全部だ」ということになるのです。要するに、日本の芸能事務所と芸能人とは「エージェント契約」という概念が無い、もしくはあまり存在していないということのようです。ですから、日韓の契約で不都合が起きる要因の一つになっていることもあるようです。


 どういうことかと言いますと、日本の芸能事務所の場合だと、事務所と契約サインしたら、そこで全てが決まる。しかし、韓国の場合だと、「エージェント」だけでなく「親」や「本人」のサインまで必要になる場合もあるとか。だから、例えば「親」と契約したから「さあ、やるぞ」と動き始めて、後になって「本人」や「エージェント」が「いや、サインはしていない」という事が起きたりしているとも聞きます。これはJYJのケースではなく、別の韓流アイドルのケースです。


 欧米では「エージェント」と「マネジメント」の概念が法的に確定しており、日本の興行元とトラブルになることは少ないと聞きます。欧米は日本と違い芸能事務所というより、エージェントがかなり強い権限を持つようですね。


 日本でも欧米型のエージェントを目指した会社がある。例えばフォーク(ニューミュージック)では「ハンズオン・エンタテインメント」が、米国で言うところの「エージェント」に近いということです。


 ともかく韓国の「マネジメント」概念と「エージェント」概念は、今はまだまだ発展途上なのだと推測できます。要するに日本と欧米の概念の折衷というか、模索中というところでしょう。KPOPイベントに関わった人間から聞くに、そう答える場合が多いことは確かです。だから表に出ないだけで、エージェントなのかコミッショナーなのか、はたまたブローカーなのか分からないが、いろんな連中が話を持ちかけてくることになります。


 とはいえ、お国が違えば法律も商慣習も違うのは、ある意味当たり前のこと。その国をまたがる大イベントというハイ・リスクを掻い潜って、なんとかしてイベントを成功に持ちこむのが、プロフェッショナルな興行会社だということになるのでしょう。


そういう意味で、今回のアンフィニジャパンのケースは、ただただ最悪だったというしか無いのです。


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